理事長挨拶

一般社団法人 日本解剖学会
理事長 寺田純雄

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日本解剖学会は、日本の医学系学術団体の中でも最古参の学会の一つです。今年で創立130周年を迎えます。二千人を超える会員が所属し、解剖学の研究・教育を支えています。このような歴史ある学会の第41代となる理事長に就任することとなり、身の引き締まる思いです。

学会としての活動の柱の一つ目は、学術集会や英文、和文の学会誌の充実化、国内外の関連学会との交流、若手研究者の奨励などの学術活動です。国内の関連学会との活動としては、日本生理学会、日本顕微鏡学会、日本薬理学会、ならびに日本外科学会との合同シンポジウムや日本生理学会との合同全国学術集会の開催が挙げられます。再来年には日本生理学会、日本薬理学会との初めての3学会合同大会開催も予定されています。また、国外の関連学会との交流として、韓国解剖学会と交流協定を結んでおり、これに基づいて相互の学術集会においてシンポジストの派遣を行ってきましたが、来年同国にて開催予定の第20回国際解剖学会議においても、協力の予定です。またCOVID-19のために中断していますが、ドイツ解剖学会との相互交流活動も継続してきました。この他、アジア太平洋解剖学会議についても、メンバーとして参加しています。若手の研究奨励については、奨励賞授与の他、2019年に発足した若手研究者の会への支援も積極的に行っています。

二つ目の柱は、解剖学研究と教育を支える教員、技術職員、献体制度への支援と、時と共に変化する周辺環境への対応です。従来の卒前教育に加え、卒後教育としてのサージカルトレーニングへの対応等、解剖学教室への負担が増加する中で、健全な研究・教育活動を維持するためには様々な課題があります。大学の独立行政法人化後の趨勢として実質的な人的資源の削減が進んだ結果、解剖学教室の業務維持にかかわる教員や技術職員の負担はその厳しさを増しています。しっかりした研究基盤を有した上で教育業務に携わることのできる教員の維持・育成支援には、尚一層の工夫が必要です。優れた人員確保のためには、多様な会員の特性に応じた環境構築も必須であり、男女共同参画をはじめとするダイバーシティーへの対応が欠かせません。加えて、技術職員の業務負担軽減、死体解剖資格認定への法令対応、最近では例えばCOVID-19やプリオン等に関連して、感染症を伴うご遺体の取り扱いに関する方針の検討等、課題は枚挙に暇がありません。特に、令和に入り立て続けに発生してしまった解剖献体ご遺体の不適切な取扱い事案は、背後に教員、技術職員、解剖学教室全体を含んだ様々な要因が複合的に関わっています。改めて献体制度を基盤とした取組が適正に実施され発展できるよう、学会としても、その原因究明と再発防止について真摯に取り組んでいく必要性を示すものであると認識しています。

私事になりますが、学生時代には自分が将来解剖学の領域で働くことになるとは思いもしませんでした。当時の解剖学の教授の先生方は、多少誇張して申し上げますと、仙人のようなどこか浮世離れしたところがあるように感じられたことも一因であるように思います。しかし実際にこの分野で仕事をするようになると、万事原理原則に立ち戻って考え、議論する先生方が多く、このようなやりとりを居心地よく感じるようになりました。基礎的な原理に基づいて考えることは、私を離れて公的な立場に立つことでもあり、結局はそのような議論が、研究にせよ、組織の運営にせよ、望ましい方向に進むために不可欠だと思われるからです。これは日本解剖学会の守るべきよき伝統である、と思います。

他方で、解剖学は生体内の構造を解析することで、生命の本質に迫ることを目指す、生命科学の基礎となる学問であり、時代に応じて様々な関連学問領域のいわば揺籃となってきました。関係する教室が医療系教育機関に多いことから、一般には医学の一分野ととらえられがちですが、実際には医学領域にとどまらず、広く生命科学全体を対象とする間口の広い学問です。また、古い歴史を有し、その存在自体はよく認知されていますが、一般的なイメージとは恐らく裏腹に、極めてダイナミックに変化する先進的な学問でもあります。古くは肉眼・組織解剖学に始まり、細胞生物学、発生学、比較解剖学等を発展させ、分子生物学や電子顕微鏡・光学顕微鏡等のその時々の技術的な発展を取り込んで、分子細胞生物学や進化発生学を含む分子解剖学とも呼ぶべき分野を生み出してきました。分子レベルの生物学であるナノバイオロジーの嚆矢は解剖学から生まれた、ということもできると思います。肉眼解剖学も人類学や古生物学、臨床医学への展開の他、体育学や人間工学、ロボット工学といった領域とつながりを深めていくでしょう。先端的技術を取り入れつつ、生命現象の謎に迫るために既存の領域から踏み出し、姿を変えていくところも、解剖学の重要な特性であると思います。

まとめれば伝統と革新、ということになりますが、現在の学会が抱える様々な問題について、何を守り、何を改めていくか、内外のご意見を賜りつつ、適切に対処してまいりたい、と考えております。一層のご理解とご支援をお願い申し上げる次第です。