理事長挨拶

一般社団法人 日本解剖学会
理事長 藤本豊士

日本解剖学会のホームページをご覧頂き、ありがとうございます。理事長を務めております藤本豊士(ふじもととよし)です。日本解剖学会のご紹介をさせて頂きます。

日本解剖学会は明治26年(1893年)に創設された長い歴史を持つ学会であり、現在約2,500名の会員を擁しています。解剖学と言うと、人体を解剖して肉眼的に観察することをイメージされる方が多いと思いますが、現代の解剖学の範囲は大きく拡がっており、通常の光学顕微鏡や電子顕微鏡を使った観察はもとより、最先端の技術を駆使して分子を観察する研究も行われています。すなわち、肉眼の解剖学から分子の解剖学まで、様々な大きさを持つ構造のかたちをつぶさに観察することを通じて、人体やその他の生物を理解しようとする学問体系が解剖学であると言えます。

解剖学の創始者と言われるヴェサリウスが16世紀に活躍していたことからも分かるように、「かたちを見る」ことは人体の仕組みを理解するためのもっとも基本的な方法であり、古くから行われて来ました。しかし時代が進んで、人体の構造を作り出す様々な分子の性質が分かってくると、「かたちを見る」だけでは人体の仕組みを理解できないと考えられるようになりました。このようなことから、解剖学は時代遅れの学問であるという印象をお持ちの方もおられるかもしれませんが、実際にはそうではありません。

たとえば筋肉が動く仕組みを知りたい場合、確かに腕の力こぶをいくら肉眼で観察しても詳しいことは分かりません。しかし筋肉を作る細胞の中を細かく観察することにより、ごく細い線維状の構造が2種類あること、そしてそこに ATP というエネルギーが与えられると線維同士が滑ることによって筋肉が縮むことが分かっています。これらの線維は多くのタンパク質で作られていますが、最先端の技術でタンパク質分子一つ一つのかたちを見ることにより、ATP によって分子のどの部分が動き、それによってとなり合う分子同士の間でどのような反応が生じるかを目で見て理解できるようになります。つまり分子に起こる様々な変化を直接見ることができるようになると、「かたちを見る」ことは「はたらく仕組みを知る」ことに大きく近づき、場合によってはほとんど同義になると言えます。直接見ることのできる分子の種類はまだ限られていますが、近い将来には「見る」ことによって「知る」ことがもっと一般的になると思います。このように「かたちを見る」ことができれば分かること、あるいは「かたちを見る」ことによってしか分からないことは肉眼のレベルから分子のレベルまでたくさんあります。日本解剖学会の最大の使命は「かたちを見る」研究を推進し、生命科学の発展に寄与することであると考えています。

言うまでもなく、解剖学は医学・歯学を学ぶ学生にとってはすべての基礎となる重要な科目です。医学・歯学の教育課程で要求される知識量が膨大になり、解剖学に充てられる時間は以前よりも少なくなっていますが、解剖学教育の重要性はいささかも変わりません。また解剖学教育では、ご献体頂いたご遺体を解剖させて頂く肉眼解剖実習が大きな柱です。この実習は、学生にとってはご献体者様やご遺族様のお気持ちに寄り添うことを通じて、医師・歯科医師となることの意味を考えるための大切な機会でもあります。ご献体への対応を含め、解剖学の教育は日本解剖学会にとって非常に重要な課題であり、常に最善の方法を模索していく必要があると思います。

学生の肉眼解剖実習とは別に、ご献体を使わせて頂いて医師や歯科医師が手術手技を磨くために行う研修(サージカルトレーニング)が多くの大学で始まっていますが、この際も解剖学の教員が責任を持ってご献体を預からせて頂くことになっています。日本解剖学会は日本外科学会と協同してガイドラインを策定するなど、様々な環境整備を行ってきました。今後もサージカルトレーニングが円滑に実施されるように支援して参ります。

研究、教育、ご献体への対応、そのいずれの面においても、社会との信頼関係があってはじめて実を挙げることができるものです。今後とも多くの方の声に耳を傾けつつ、解剖学の発展に努めて参りたいと思いますので、ご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。