がん微小環境における細胞間コミュニケーションに関する研究

岐阜大学大学院医学系研究科 病態制御学講座解剖学分野
山田 名美

出典:解剖学雑誌96巻pp.10~11 (2021)(許可を得て転載)

この度は日本解剖学会奨励賞という伝統ある賞を賜り,大変嬉しく光栄に思います.選考委員の先生方をはじめ学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.また,これまでご指導いただきました先生方や共同研究者の先生方にも,この場をお借りして深謝致します.今回「奨励賞受賞者の紹介」欄へのエッセイ執筆機会をいただきましたので,僭越ながら私のこれまでの研究歴と研究内容について簡単に紹介させていただきます.

私が基礎研究に興味を持ったのは,学生時代(北海道大学獣医学部)の5,6年次,安居院高志先生の教室(実験動物学教室)への研究室配属がきっかけだと思います.当時の研究テーマは,血液原虫のin vitro 解析に有用なトランスジェニックマウスを作製することでした.PCR,クローニング,シークエンス,マウスの飼育から交配,受精卵の採取,マイクロインジェクション,卵の卵管内移植,マウスのジェノタイピングと系統維持まで,すべてが初めてのことばかりでしたが,何もかもが興味深く,一連のトランスジェニックマウス作製過程で経験したことは,現在の研究にも役に立っています.また,お酒を飲みながら先生方,先輩,同輩とDiscussionという名の雑談をすると,良い研究アイデアが浮かびやすい,ということを覚えたのもこの時期であり,現在でもDiscussionをしながら研究構想を練るというスタイルを享受しています.

大学卒業後は,やはり臨床経験を積みたいと考え,1.5次診療(一般診療から高度先進医療,夜間救急まで対応)を行う中核病院に約4年勤務し,診療の基本を学びました.その中で,特にがんの治療に興味を持つようになりました.そこで,岐阜大学付属動物病院腫瘍科に勤務し,がんの専門治療(腫瘍外科,腫瘍内科,放射線治療)を学ぶことにしました.しかし,がんの専門治療を学び,出来る限りのあらゆる手を尽くしても救えない命があり,本当に悔しい思いをたくさんしました.であるならばと,新しいがん治療法を探求するため,大学院に進学することを決意しました.

岐阜大学大学院連合獣医学研究科に進み,がんにおけるmicroRNAの機能および,核酸医薬開発の研究に携わることになりました.博士課程1年目の秋,初めて日本癌学会学術総会に参加した時の衝撃は今でも覚えています.最先端の研究成果を発表される先生方は,みな日本語を話しているはずなのに,まるで知らない外国語を話しているように聞こえ,フロアでは質問がある先生方がマイクに列をなし,活発に討論している.Non-coding RNA による転写後調節やDNAのメチル化など,エピジェネティクスがまさに脚光を浴び始めたころのことです.そんな会場の熱気を受けて,私もあのような研究者になるぞ,と決意を新たにしたことを覚えています.

大学院に入ってはじめての研究テーマは,大腸がんにおける「Wnt/β-cateninシグナルの恒常的活性化」という現象と,「microRNA-145の顕著な発現低下」という現象の間をつなぐ機構を解明することでした.そもそもmicroRNAって何ですか?というところからのスタートでしたので,課題は山積みでしたが,指導していただいた岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の赤尾幸博先生の熱意や,大学院の先輩に刺激を受けて意欲的に取り組むことができ,「大腸がんにおけるWnt/β-catenin シグナルの恒常的活性化の原因は,良く知られているAPC 遺伝子の変異のほかに,microRNA-145のdown-regulationによるβ-catenin の核内移行抑制メカニズムの破綻も重要なファクターの1つである」という内容で学位論文を書き上げることができました.また同研究テーマで,学術振興会の特別研究員に採択していただいたため,学位取得後もポスドクとして研究を続けることができました.

ポスドク時代には,細胞内に存在するmicroRNA の機能だけでなく,細胞外に存在するmicroRNAの機能にも興味を持ち始めました.これまで,体液中にはヌクレースが存在しているため核酸は存在し得ないと考えられていました.しかし近年,Extracellular vesicles(EVs)もしくはExosomesと呼ばれる生体膜由来の小胞の中に内包されることによって,体液中でも核酸が安定して存在できることが明らかになりました.特に,がん細胞の培養液中やがん患者さんの体液中にはmicroRNA を内包したEVsが大量に存在していることがわかり,研究対象として非常に興味を引かれました.がんは何の為EVsを分泌しているのか,microRNAをEVsにわざわざ内包して分泌するのは何故か,がんに有利な機構なのであれば,そこを標的とした新しい治療法の発展に寄与できるのではないか等,研究アイデアがどんどん湧き上がり,現在でも継続している自身の研究のメインテーマとなりました.

大腸がんにおけるWnt/β-cateninシグナルの恒常的活性化メカニズムの研究との関連で,APC遺伝子の研究を長年続けておられる岐阜大学大学院医学系研究科病態制御学講座解剖学分野の千田隆夫先生の研究室に助教として採用していただくことができました.現在は,APC の大腸がん抑制遺伝子としての機能にとどまらず,未だ不明な点の多いAPCタンパクC末端結合分子を介した多彩な機能について解析を進めています.同時に,これまでの私の研究テーマであるがんが分泌するEVsの機能についても継続して解析を行っています.そして解剖学分野教員としての重要な仕事として,解剖学教育にも積極的に携わっており,医学生に対する講義や解剖実習指導をはじめとし,周辺のコメディカル専門学校における解剖学の講師も勤めており,研究・教育で充実した日々を送っています.さらには,解剖学分野に所属したことで,電子顕微鏡にも興味を持つようになり,日本顕微鏡学会の電顕サマースクールに参加したり,電子顕微鏡二級技士の資格も取得するまでに至りました.

がん研究者を志して約10年,多くの先生方のご指導によってここまで来ることができました.まだまだ未熟ではありますが,引き続き研究・教育に日々努力を惜しまず,解剖学会の発展にも微力ながら貢献したいと考えております.今後とも,ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます.改めましてこのたびは,このような栄誉ある賞を賜り誠に有り難うございました.

(このページの公開日:2021年12月17日)

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