アストロサイトのストレス応答を介した神経病態制御機構の解明

金沢大学 医薬保健研究域医学系 神経解剖学講座
宝田 美佳

出典:解剖学雑誌95巻pp.27~28 (2020)(許可を得て転載)

この度は歴史ある日本解剖学会奨励賞を賜り,大変嬉しく光栄に存じます.堀修教授をはじめご指導いただいた先生方や共同研究者の先生方,これまでお世話になったすべての方々のご支援のお陰であり,この場を借りて深く感謝申し上げます.また,選考委員の先生方をはじめとする日本解剖学会の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.今回,受賞者紹介エッセイの執筆機会を頂きましたので,これまでの研究経緯を振り返りながら,研究内容についてご紹介させていただきたいと思います.

私の研究との出会いは金沢大学薬学部3年次の年度末です.薬理学の教室への研究室配属でした.米田幸雄教授のも と,教員と博士,修士,学部学生あわせて30人近くの大所帯の,活気ある研究室で研究をスタートさせました.最終的に博士号を取得するまでの(プラス半年ポスドク)6年半ほど,私はここで基礎的な技術や,現在に至る研究仲間など沢山のものを得ることができました.研究開始初期の実験で分化させた間葉系細胞が染色された感動は今でもありありと覚えていますし,先輩方や同輩とワイワイ知識を教え合いながら工夫した日々や,教授の「横浜の学会あるけどみんなで中華料理いこうか」の言葉に唆されながら実験をがんばって進めたことなど,振り返ると研究を楽しむという一番大事なマインドを育める環境を享受していたと思います.博士課程の1年目には,米田教授の計らいで半年間米国への留学の機会にも恵まれました.多様な価値観,自由な研究スタイルに新鮮な驚きを覚えるとともに,生き生きと活躍する研究者たち(特に当時身近にいなかった女性研究者たち)に出会えたことは,アカデミアに残る決断や現在の生き方に影響を与える大きな転機となりました.私は,神経チームと骨チームを有した米田研究室において後者に属し,間葉系幹細胞の機能調節におけるグルタミン酸シグナルの役割について研究を行っていました.留学先では神経系の研究室でGABA シグナル分子について解析する機会を得て,in vitro だけでなく神経症状を呈するin vivo の解析も垣間見ることができ,脳への興味が深まりました.このような経緯があり,博士取得後には縁あって,堀修教授の主宰する現所属,金沢大学医学部神経解剖学教室に助教として採用頂くことになりました.研究分野が移って一転,現在に続く神経病態の研究をスタートさせることになります.

堀教授のご専門は中枢神経系の病態におけるストレス応答です.脆弱な神経細胞に対してアストロサイトなどのグリア細胞がストレスに強いことから,グリア機能調節による神経病態制御の可能性に着眼していました.幾つかの候補の中で,ストレス応答分子であり中枢神経系においてアストロサイト特異的に発現する,NDRG2 の解析を任されることになりました.アストロサイトは中枢神経系において,古典的に知られる神経細胞の構造的な支持に加え,シナプスでの伝達物質調節やイオン環境の維持,微小循環調節を介して積極的に神経活動の制御に関与しています.さらに,脳血管疾患や神経変性疾患,外傷など,様々な中枢神経系の病態において,肥大化や増殖,遺伝子発現変化などを伴う活性化応答を示します.しかし,同じグリア細胞であるミクログリアやオリゴデンデロサイトに比して,アストロサイトは病態にどのように寄与するのか,どのように活性化が制御されるかなど,最も不明な点が多く残る細胞といえます.まず,アストロサイトの培養系を用いた機能欠失や過剰発現の手法から,NDRG2 がアストロサイトの細胞形態や増殖の制御に関わることを見出しました.同結果は神経変性疾患の患者脳およびマウス脳におけるNDRG2 の発現解析結果とあわせて,共同研究者の先生方と共に報告することができ,その後の一連の解析の起点となりました1).この後,作製したNDRG2 欠損マウスの繁殖が順調に進みin vivo での機能を捉えるぞと意気込んでいたのですが,当初試した幾つかの疾患モデルでは思うようにNDRG2 の重要性を補足できず,行き詰まる日々が続きます.学会発表からヒントを得て,シンプルにアストロサイトの活性化に焦点を当てるモデルに切り替えようと決断しました.これが功を奏し,NDRG2 が損傷周辺部のアストロサイトにおいて,汎用されるアストロサイト活性化マーカーに先んじて発現上昇することを見出しました.NDRG2欠損マウスを用いて形態学的解析と分子生物学的解析を行い,脳損傷後のアストロサイトの活性化にNDRG2 が促進的に働くこと,そのメカニズムとしてIL-6/STAT3 経路を介した活性化シグナルが関与することを報告しました2)

脳損傷モデルを用いてアストロサイト活性化調節機構の一端を明らかにできましたが,よりヒトの疾患に近いモデルでの解析が望まれました.NDRG2 は,腫瘍の抑制因子としても良く知られており,その発現が低酸素で上昇することが報告されています.そこで脳梗塞における意義の解明に着手し,脳梗塞巣形成の安定性が高い,中大脳動脈永久閉塞モデルを用いて解析をスタートしました.この解析を進める中で,幾つかの理由によるボトルネックのため研究の進行が停滞した時期もあったのですが,ネガティブデータと思われた結果を詳しく調べたことがきっかけとなり突破口が開けました.NDRG2 の欠損マウスでは脳虚血早期におこる血液脳関門の機能破綻が亢進しており,それに伴い細胞外基質のリモデリングを担うMMP-9 の発現および活性の増加が認められました.網羅的な遺伝子発現解析の結果から,脳虚血におけるNDRG2 の標的分子としてMMP-3 を同定し,アストロサイトの炎症性刺激下でのMMP-3 の発現と分泌を,NDRG2が制御することを明らかにしました.NDRG2 の欠損は,脳虚血の亜急性期から慢性期にかけての末梢免疫細胞の脳内浸潤の亢進,Glial scar 形成の減弱,虚血組織障害の亢進を引き起こしました3).これらの結果は,虚血に応答するアストロサイトのNDRG2 が脳梗塞病態に保護的に作用することを明らかにし,がんのような疾患だけでなく虚血を伴う脳血管疾患においても,NDRG2 が病態に関与し治療標的となりうることを示しています.

この脳梗塞の解析では,NDRG2 の重要性を神経症状のアウトプットとしても検出しようと取り組みましたが,行動解析による神経症状が劇的に表れるモデルではなかったため,解析は困難な道のりとなりました.その経験から,病態を行動学的解析により評価できる系の必要性を感じました.さらに,これまでの解析結果からNDRG2 が炎症性細胞の浸潤を抑える可能性が示唆されたことから,次に,多発性硬化症の疾患モデルとして汎用される実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)を用いた解析に取り掛かりました.しかし予想に反して,NDRG2 欠損マウスではEAE の誘導後の神経症状の軽減が認められました.詳細に組織学的な解析や分子生物学的解析を進めた結果,NDRG2 はEAE 誘導後の末梢免疫細胞の浸潤に対して顕著な影響を与えず,むしろグルタミン酸毒性の調節分子発現を制御し,神経変性や慢性期の脱髄に関与する可能性が示唆されました4).ここまでのNDRG2 に着目した一連の神経病態の解析は,神経障害早期にアストロサイトにおいて発現が上昇する同一遺伝子であっても,組織傷害的か保護的に働くかの役割は画一的ではなく,病態によって異なる様相を示すことを明らかにしました.これは近年の神経病態下アストロサイトを単離した遺伝子発現プロファイリングの解析から示唆されるように,活性化アストロサイトは病態によって異なる特徴を有するという説を支持するものと考えられ,多様な活性化アストロサイトの役割の一端を明らかにすることができたと考えています.

神経解剖学教室への着任当初は中脳と間脳の違いもわからないような有様だった私も,ご献体の脳を扱う脳解剖実習や疾患モデルの解析などを通じて基礎知識を習得し,生命の奥深さを日々感じながら神経系の研究に打ち込むようになりました.もともと比較的均一で定量性の高いin vitro の解析系で育った私には,in vivo の一連の時間を要する解析系や個体差に苦労することもありました.しかし生命現象を個体レベルでありのまま解析することは新鮮で,何より,免疫組織化学など形態学的アプローチが性に合い,情報量の多さやダイナミックな細胞応答の美しさ,面白さにすっかり魅了されています.今では様々な実験の中で,顕微鏡を覗いて観察する瞬間が一番楽しい時間です.一般には,ある研究分野での経験が浅いことは短所になるかもしれませんが,違う分野から飛び込んだことで得られるものが沢山あり,同時に異なる視点を持てるのは大きな利点ではないかと感じます.現在の研究室は皆の顔が見える比較的小規模メンバーで構成されており,留学生が多くバックグラウンドも興味の方向も様々で,刺激をもらうことが多く多様性の価値を実感しています.堀教授からはマネジメントや教育の醍醐味など研究以外の面でも学びが多く,研究会参加や申請,共同研究など様々なことに挑戦する姿勢を教えていただき,それらが研究の推進に大きくつながりました.

ここまでの道のりは,米田教授や堀教授をはじめ多くの人々からのご指導ご支援抜きには語れず,研究仲間から知的刺激とモチベーションを貰えたことや,特に現所属で育児をしながらの研究活動を応援していただいたことには感謝しかありません.まだまだ未熟者ではありますが,今後さらに病態下のアストロサイトの機能を明らかにすべく研究に邁進したいと思います.現在は,アストロサイトが応答する仕組みや,血管機能への影響に注目して研究を進めています.新しい実験系も取り入れつつ,ストレス応答,血管との相互作用,人為的機能調節の3つの観点からアストロサイトへのアプローチを進めており,近い将来に解剖学会にて成果を披露することができれば幸いです.今後は少しでも恩返しができますよう,研究の推進と後進の育成を通じて,解剖学の発展に微力ながらも貢献していきたい所存です.今後とも皆様のご指導を賜りますようお願い申し上げます.

最後にいま一度,これまでご指導いただきました先生方,共同研究者の先生方,お世話になりました関係者の皆様に,心から御礼申し上げます.

  1. Takeichi et al. (2011) Neurochem Int. 59(1): 21-27.
  2. Takarada-Iemata et al. (2014) J Neurochem. 30(3): 374-387.
  3. Takarada-Iemata et al. (2018) Glia 66(7): 1432-1446.
  4. Le et al. (2018) J Neurochem. 145(2): 139-153.__

(このページの公開日:2020年11月16日)

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