新機軸イメージングによる歯根膜形成過程の解明

久留米大学 医学部 解剖学講座 顕微解剖・生体形成部門
平嶋 伸悟

出典:解剖学雑誌94巻pp.7~8 (2019)(許可を得て転載)

 この度は歴史と伝統ある日本解剖学会におきまして名誉ある賞を賜りましたこと,大変光栄に存じます.今まで指導して頂いた中村桂一郎先生・太田啓介先生・楠川仁悟先生・金澤知之進先生をはじめ,共同研究者の先生方・研究をまとめるにあたり様々なきっかけを与えてくださった先生方・教室スタッフに感謝申し上げます.ならびに,日本解剖学会の関係者の先生方に深く御礼申し上げます.簡単ではありますが,ここにこれまでの私の研究の経緯を紹介させて頂きます.

 私が基礎研究に興味を持ったのは,学生時代(九州歯科大学歯学部)に5年次前期での研究室配属で,自見英治郎先生の教室(分子情報生化学分野)にお世話になったことがきっかけです.当時のテーマはalyマウスを用いた破骨細胞分化調節機構の解析に関するものでした.細胞培養,細胞数カウント,抗体濃度の計算,破骨細胞分化誘導,ウエスタンブロット,RT-PCRなど初めてのことばかりでしたので,戸惑うことも非常に多かった気がします.当時,これらの手法をきちんと理解していたかというと,かなり怪しかったと思います…指導して頂いた先生方の言う通りにやるだけで…正直できの良い学生ではなかったと思います.ただ,自分で手を動かして実験をすることがとても好きになり,週に何日かの実験がとても楽しみでした.また,教室の先生方がとても優しく,実験以外の時間も研究室で楽しく過ごすことができました.研究室への配属期間は半年と短いものでしたが,教室の先生方・大学院生の先生方に指導して頂き,発表会までに内容をまとめることができました.私はこの経験をきっかけに歯科医師として臨床だけでなく,研究という道があるということを知り,研修終了後に大学院に進むことも考えるようになりました.

 大学卒業後は久留米大学医学部歯科口腔医療センターにて研修をしました.歯科の研修医期間は通常1年間なのですが,久留米大学では医科と同じプログラムで2年間の研修医期間となっています.2年間の研修医期間に,外来と病棟勤務を約1年間ずつ経験し,ここで口腔外科の基本を学びました.切開や縫合に始まり,消炎,難抜歯や埋伏智歯抜歯,嚢胞摘出,インプラント,顎変形症や癌の手術,入院管理など学ばせてもらったことは様々あり,現在研究をする上で,そのヒントとなるものが数多くあります.

 研修医終了後はもう一度研究がしたいという思いがあり,久留米大学大学院医学研究科に進むことを考えました.口腔外科で研修をしていたこともあり,腫瘍などで顎骨を広範囲に切除すると,やはりその後の患者さんのQOL は低下してしまうという状況に何度か遭遇しました.切除範囲にもよりますが,顔貌に影響することもあります.また,歯牙を含めて顎骨を切除することもありますので,術後は義歯が必要になります.ですが,義歯を維持する顎骨が少ないので,安定性に欠けます.インプラントをしようにも,やはり土台となる顎骨がありません.このような状況を見ていましたので,大学院当初は骨再生に興味を持ち,各組織における間葉系の細胞について,形態学を基軸に研究をしておられる中村桂一郎先生の研究室の門を叩きました.そこは,各々が組織細胞学的に興味を持ったことについて自ら問題点とテーマを見つけ,研究を進めていくスタイルでした.骨再生に興味がありましたので,骨折治療や歯周外科,骨再生医療において,重要とされる骨膜と骨との微小環境に着目しました.当初は骨膜を利用した新たな骨再生療法を模索しましたが,うまくいきませんでした.テーマに悩んでいた頃,中村先生から「再生医療を考えるには,まず目的の組織の正常構造を正しく把握することが重要ですよ」とアドバイスを頂き,骨膜の錨着構造(シャーピー線維)に疑問をもち,これを研究テーマとしました.従来の形態学的な解析法だけでは,コラーゲン線維束の3次元的な走行を周囲組織との関係性を考慮しながら定量解析するということはなかなか困難でしたが,FIB/SEMを応用することでこれが可能となる事を学び,学位論文としてまとめることができました1).

 このテーマと同時進行していたのが,現在でも継続しています歯根膜に関する3次元超微形態解析です.歯根膜は歯牙周囲に存在するタイプ1コラーゲンを主体とする線維性の結合組織で,部位により規則正しい配列を持ちます2).その両端はセメント質と歯槽骨中にシャーピー線維として存在しており,ヒトでは約0.15~0.3 mm の幅です.骨膜とよく似た特徴を持つ組織です.歯根膜は歯を顎骨に固定するだけでなく,咀嚼力の緩衝やセンサーとしての機能などをもち,また歯根膜中に幹細胞が存在することから,歯周組織の恒常性維持機能3)を持つことが知られています.歯根膜は臨床的にも重要な組織で,歯周病治療・矯正治療・歯内治療・再生療法など多岐にわたる歯科治療において,いかに歯根膜を保存できるか・再生できるかが,治療の予後・予知性に関わってきます.歯根膜細胞(主に線維芽細胞)の特性については,古くから分子生物学的な手法を中心に解析がなされ,臨床応用も数多くなされています.Growth factorを用いた再生療法や歯牙移植などがその例です.また,外傷で歯が脱落した際には「牛乳や生理食塩水などにつけて,歯科医院を急いで受診してください.元に戻すことができる可能性があります」という話を聞いたことが皆さんあるのではないでしょうか?実はこれは歯そのものを保存するというよりも,歯根膜をいかにダメージが少ないうちに保存できるかということなのです.歯根膜細胞へのダメージが少なければ,脱落した歯を歯槽窩に戻して再度定着させることができます.

 このように従来から,歯科領域では歯根膜の重要性は知られていますが,そもそもこの歯根膜がどうやって形成されていくのかという事については,未だ不明な点があります.どのように幅約200μm の歯根膜が形成され,両端を硬組織中に埋入させた構造を形作るのか?いかに規則正しい歯根膜線維の配列が決められるのか?という疑問があります.もちろん,歯根膜の細胞形態についても詳細な形態解析がなされてきました.歯根膜細胞は線維に沿って平行に配列すること,周囲の細胞とGap junctionを持つことなどが報告されています.と,ここまでに過去の報告を踏まえた歯根膜についての背景・疑問点あげてきましたが,歯根膜の解析に取り掛かろうとしていた当時の私はその問題点の解決の糸口やきっかけが全くわかりませんでした.ここでもまた,中村先生のおかげで突破口を開くことができました.先生の形態解析のポリシーである「beauty is truth, truth beauty」のもと,そして「まず光顕・電顕でたくさん観察して,きれいな写真を撮って,またよく観察すること.その中から見えてくることもありますよ.」とのご指導を頂き,まず正常歯根膜の観察から始めると,確かにそこから今まで見えてこなかったものがわかるようになりました.また,FIB/SEM が身近にあったことも非常に幸運でした.FIB/SEM を基軸として歯根膜を数多く観察していくと,歯根膜の細胞は紡錘形ではなく,扁平な形態をしていることなど,従来の解釈とは違った細胞形態がわかってきました.この解析を進めているころ,第119回解剖学会総会・学術集会の会場で歯根膜の解析をしているということで岡山大学 上岡寛教授や朝日大学 薗村貴弘先生に声をかけて頂き,短時間ではありましたがディスカッションをしました.その後,この事をきっかけに歯科基礎医学会のサテライトシンポジウムで一緒に発表しませんかと誘って頂き,当時まだ大学院生の私には身に余る光栄でした.この出会いもその後の解析を進めるきっかけとなり,いくつかの学会で発表し,歯根膜解析について論文としてまとめることができましたので,以下にその大まかな内容をお示します.①歯根膜細胞は扁平な形態で,数多くの突起を持つこと,②線維に対して平行ではなく,一定の角度を持って配列していること,③歯根膜細胞は互いにコンタクトを持ち,広範囲なネットワークを形成していること,④歯根膜細胞と骨表面・内部の細胞がコンタクトを持つこと,⑤歯根膜線維束は一様な太さではなく,その形態が部位によって異なること,⑥歯根膜線維束は歯根膜細胞によって包み込まれ,走行していることなどが明らかになりました4),5).

 前述の歯根膜に関する疑問を解決するには,まだまだデータが足りませんし,その道のりはかなり長いですが,形態学的な観点から,その小さなきっかけになり得るものは見つけることができたのではないかと自負しています.つまり,歯根膜における広範囲な細胞間ネットワーク・コミュニケーションが歯根膜形成に大きな関わりを持つのではないかという仮説を立てています.また,この文章を書いている間に歯根膜にかかる通常の力学的負荷を変化させたモデルマウスを作成し,どのような変化が歯根膜に起こるのかということについてもまとめていますので,これに関しては解剖学会で報告させて頂ければと思います.

 今後の展望としては歯根膜における細胞間ネットワークがどのような機能を持つのか?,線維芽細胞ネットワークが歯根膜線維束形成にどのように関わっていくのか?,歯根膜だけでなく,強靭性と柔軟性を併せ持つ交織性や平行性結合組織がそもそもどのように線維芽細胞によって形作られていくのか?ということなどについてイメージングを基軸として形態学的に解析を進めていく予定です.

 ここまで私の研究の経緯についてご紹介させて頂きましたが,振り返ってみるとやはり様々な先生方との関わりの中で,研究をいくつかの論文にまとめられるところまで育てて頂いたことを改めて実感しました.これまで関わって頂いた全ての先生方に感謝致します.これからもこの気持ちを忘れずに研究に取り組み,後進の先生方にも研究の楽しさ・面白さを伝えられればと思います.また微力ではありますが,解剖学会・基礎医学の発展に貢献できるよう尽力していきたいと考えております.

参考文献

1) Hirashima et al. (2015) Sci rep 17511.
2) Beertsen et al. (1997)Periodontal 2000 13: 20-40.
3) Shimono et al. (2003) Microsc Res Tech 60: 491-502.
4) Hirashima et al. (2016) Sci rep 39435.
5) Hirashima et al. (2018) J Periodontal Res 23 12592.

(このページの公開日:2020年10月1日)

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