メンブレントラフィックの機能・形態

福島県立医科大学 医学部 解剖・組織学講座
植村 武文

出典:解剖学雑誌94巻pp.1~2 (2019)(許可を得て転載)

はじめに

 この度は歴史ある日本解剖学会において,栄誉ある賞を賜り大変光栄に存じます.このエッセイ執筆を機に研究室を3つ巡った経緯をまとめたいと思います.

解剖学分野との出会い

 東京薬科大学 生命科学部 分子生命科学科に在籍していた私は自分の将来も卒業研究先も決定出来ず,卒業研究に遺伝子操作・動物実験・細胞培養などを経験できればどの分野でも良いと考えていました.多賀谷教授にノックアウトマウスに興味があることを伝えていたところ,修士課程から群馬大学 生体調節研究所 細胞構造分野 原田教授(現 大阪大学)の研究室でノックアウトマウス作製を開始するのはどうか,群馬に行くまでの1年間多賀谷ラボで一般的な実験操作を身につけてはどうか,という御提案を頂きました.そこで,大学4年生の1年間を多賀谷ラボで過ごしました(→大学院進学が決定してしまった...).

 修士課程(所属は東京薬科大学大学院)と博士課程(所属は群馬大学大学院)の6年間を原田ラボで過ごし,遺伝子改変マウスの作製・解析に携わりました1-4.また群馬時代では今となっては大事な出会いがありました.解剖学分野との出会いです.マウスの解析を進める中で,組織学を学びました.肉眼解剖については原田先生に実習への参加を御提案して頂き,依藤先生(当時の機能形態学分野教授)の許可も頂いて,解剖実習を経験しました.論文改訂中に実習に参加することは特に困難で,解剖のスタッフは講義・実習と研究をやっていて凄いなーと思っていました.大学院卒業後は研究!!と考えていた私にとっては,他の分野と比べて教育業務が圧倒的に多い(と思っていたし,今でも...)解剖の分野は他人事でした.しかし2009年に和栗ラボに参加したことで,解剖が,他人事ではなくなりました.

 大学の教員になるのは困難だと理解していましたので,このようなチャンスはもう自分に巡ってこないかもしれない,まだ元気だし何とかなるさと,和栗ラボでお世話になること(=解剖の世界に飛び込むこと)を決意しました.この経験から,チャンスは突然訪れるため全ての可能性は否定できない,と学びました.

研究について

 多賀谷ラボでメンブレントラフィックと出会った私は,原田ラボで小胞体の膜融合装置t-SNARE であるp31 のノックアウトマウス作製をはじめに行いました.多賀谷ラボで同定されたこの分子の機能はよくわかっていませんでしたが,コンディショナルノックアウトマウスの解析からp31 が小胞体の構造維持に関わることを見出しました1.また,糖脂質認識領域を持つFAPP2 は腎臓で発現が高く,そのノックアウトマウスの腎臓では,複雑な糖脂質であるガングリオシドの合成には影響がなくグロボシドの合成が低下していました.この結果はグロボシド合成におけるFAPP2 機能の解明に繋がりました2.

 和栗ラボでは2つのメンブレントラフィック研究を行ってきました.1つ目はオートファゴソームの形態解析です.オートファジーの過程で一過性に形成されるオートファジー隔離膜は電顕レベルにおいて形態保持が難しく,特に培養細胞では組織サンプルに比べて困難です.和栗ラボの形態チームでは細胞内膜構造の形態保持に優れる特殊固定法を見出しており5,6,この固定法を用いて隔離膜の観察を行いました.その結果,隔離膜閉鎖段階において,粗面小胞体と隔離膜を

 繋ぐ細い小管が多数現れること,これが光学顕微鏡レベルで観察されていたオメガソームという構造に相当することを明らかにしました.そしてこの新しい構造をIMATs(Isolation membrane-associated tubular/vesicular structures)と命名しました7.

 2つ目は,ポストゴルジにおける選別輸送です.和栗ラボでは,AP-1 複合体・GGA といったクラスリンアダプターの研究ツールが揃っており,またその分野の大先輩である和栗教授・亀高講師(現 名古屋大学)が目の前にいることから,その辺りの分子について研究することにしました.はじめに,AP-1・GGA の機能を調節するアクセサリー分子の1つであるp56 について解析を行い,p56 が中枢神経系で多く発現する事,p56 のゴルジ体局在がGGA1 に依る事を見出しました8.また,GGA の発現抑制によるリソソーム機能を評価する為にAlexa555-EGF(epidermal growth factor)を用いたところ,GGA2 ノックダウン細胞でAlexa555-EGF の取り込みが減少していました.この原因が,GGA2 の発現抑制によりEGFR がリソソームに運ばれ分解されることであると突き止めました9.大腸癌由来のLoVo 細胞をヌードマウスに移植したところ,GGA2 の発現抑制では腫瘍形成能が顕著に低下していることを見出しました.また,肝細胞癌・大腸癌の腫瘍部においてGGA2 の発現亢進を観察しました.以上のことから,GGA2 がEGFR のリソソームへの運搬を制御することで,細胞膜上のEGFR 量が調節されるというモデルを提唱し,このメカニズムが癌病態と密接に関連する可能性を報告しました.今後は特にGGA2 関連の解析を行っていく予定です.

おわりに

 3つのラボを経験し,チームとして協力体制を築く大切さを教えて頂きました.今まで多くの方に助けられてきましたので,今後はチームに大きく貢献できるよう努めていきたいと思っています.

 この分野に足を踏み入れ,多くの方々に出会い,大切な時間を共有させて頂いたこのご縁に感謝致します.

 最後に,和栗聡 教授・原田彰宏 教授・多賀谷光男 教授をはじめ,ご指導を頂きました先生方,共同研究者の先生方,福島県立医科大学 解剖・組織学講座のスタッフの皆様に心から感謝申し上げます.また,選考委員の先生をはじめ学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

参考文献

  1. Uemura et al., Mol Cell Biol. 29 (7), 1869-1881 (2009)
  2. D’Angelo G et al., Nature 501 (7465), 116-120 (2013)
  3. Muramatsu et al, Biochem Biophys Res Commun. 370 (3),419-423 (2008)
  4. Hashimoto et al, Neuroreport 19 (6), 621-624 (2008)
  5. 和栗ら,顕微鏡 49(2), 118-123 (2014)
  6. 矢橋ら,医学生物学電子顕微鏡技術学会誌 28(1), 9-11(2014)
  7. Uemura et al., Mol Cell Biol. 34 (9) 1695-1706 (2014)
  8. Uemura et al., Biomed Res. 39 (4), 179-187 (2018)
  9. Uemura et al., Sci Rep. 8 (1), 1368 (2018)

(このページの公開日:2020年10月1日)

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