解剖学用語(ラテン語)について
島崎 三郎
解剖学に用いられるラテン語 Nomina anatomica について,その発音,語尾変化および構成法を解説する.(ラテン語を正しく発音するためには,母音の長短を知っている必要があるので,以下の用例では長母音に長母音符( ¯ )をつけて短母音と区別した.)
Ⅰ.ラテン語の字母
大文字 | 小文字 | 名称 | 音価 | 用例 |
A | a | ā | 〔a, aː〕 | cavum, forāmen |
B | b | bē | 〔b〕 | bulbus |
C | c | kē | 〔k〕 | collum |
D | d | dē | 〔d〕 | dēns |
E | e | ē | 〔ε, eː〕 | brevis, duodēnum |
F | f | ef | 〔f〕 | fīlum |
G | g | gē | 〔ɡ〕 | ganglion |
H | h | hā | 〔h〕 | hiātus |
I | i | ī | 〔i, iː〕 | insula,īris |
J | j | 〔j〕 | jējūnum | |
K | k | kā | 〔k〕 | skeleton |
L | I | el | 〔l〕 | lāmina |
M | m | em | 〔m〕 | membrāna |
N | n | en | 〔n〕 | nāsus |
O | o | ō | 〔ɔ, oː〕 | os,ōs |
P | p | pē | 〔p〕 | pēs |
Q | q | kū | 〔kw〕 | quārtus |
R | r | er | 〔r〕 | rāmus |
S | s | es | 〔s〕 | sinus |
T | t | tē | 〔t〕 | tūber |
U | u | 〔u, uː〕 | uncus,ūvula | |
V | v | ū | 〔w〕 | vās |
X | x | ix | 〔ks〕 | vertex |
Y | y | y¯psīlon | 〔y, yː〕 | hypophysis,hy¯men |
Z | z | zēta | 〔dz〕 | zōna |
1.ラテン語(Lingua latīna)は Rōma を首都とする Latium 地方に住むラテン人(Latīnī)の言語という意味であって,その字母がローマ字なのである.字母の名称が英語よりはむしろドイツ語に近いのは,ドイツ人がラテン語の名称を忠実に守ったことを物語っている.また,音価(発音)が日本式ローマ字に近いのも当然である.
2.字母は古典期には大文字だけで,小文字は中世時代に造られた.
3.J は母音 I の子音化したものを区別するために新たに造られた.
4.U は母音 V の子音化したものを区別するために,V を子音として残し,新たに母音 U を造った.
5.本来のラテン語字母は A から X までで(J と U はない),Y と Z は古典期に導入されたギリシア文字である.
Ⅱ.ラテン語の発音
1.ラテン字母の発音は1字1音価である.
2.母音字は a,e,i,o,u,y の6種で,それぞれ長短があり,長母音には ā,ē のように長音符( ¯ )をつけて区別する.母音の発音は大体日本語と同じでよかろう.y はギリシア文字で,その発音はドイツ語の ü またはフランス語の u に等しいが,英語の y のように〔i〕と読んでもさしつかえない.
3.重母音は ae〔ai〕,oe〔oi〕,au〔au〕,eu〔eu〕,ei〔ei〕,ui〔ui〕の6種あるが,ae と oe は最近の P.N.A.(パリーの国際解剖学会で議決された解剖学用語)では,英語のように ae も oe も ē となっている.たとえば,caecum → cēcum,oesophagus → ēsophagus.
4.子音字のうちで注意すべきもの.
c は常に〔k〕である.cervix,cinereus も.
g は常に〔ɡ〕である.genū,gingīva も.
j は常に〔j〕である.mājor も.
k は古典期においても Kalendae(ついたち)と Karthāgō(カルタゴ)に見られるだけであった.ギリシア語にきわめて多く用いられる k もラテン語化すると c になるので,解剖学用語には skeleton ぐらいしか見当らない(これもギリシア語であるが,c に書きかえなかっただけである).
q は常に qu〔kw〕の形をとる.
s は常に清音〔s〕である(ラテン語には濁音の〔z〕を表わす字はないので,ギリシア語の z を導入した).
t は常に〔t〕である.decussātiō も〔―tioː〕.
v はもとは母音であったが,母音を表わす u の字を造ったので,今では子音〔w〕である.しかし,たとえば,vēna〔weːna〕を〔veːna〕と読んでもさしつかえない.
x は常に二重子音〔ks〕である.
z は二重子音を表わすギリシア文字であるが,英語のように〔z〕と読んでさしつかえない.
ch〔k〕,ph〔p〕,rh〔r〕,th〔t〕はそれぞれ帯気音を表わすギリシア文字 χ,φ,ρ,θ を転写したもので,単一子音として取扱われる.発音は,ここに示したように,h のないものと同じでよいが,ph を英語のように〔f〕と読んでもよかろう.
5.同じ子音が2個重なっているときも,それらを一つずつ発音する.たとえば,medulla〔medulla〕,mamma〔mamma〕であって,英語のように〔medʌlə〕,〔mæmə〕ではない.
6.b の後に s,t が続くと,bs〔ps〕,bt〔pt〕となる.また,u は g,q,s の後では gu〔gw〕,qu〔kw〕,su〔sw〕となる.
Ⅲ.ラテン語のアクセント
アクセントは母音(または重母音,以下略す)につく.音節は1個の母音に基づいて形成されるので,母音の数が音節の数である.音節の区分を問題にするとかえって煩雑になるので,ここでは母音の数で音節の数を示すだけにしておく.ラテン語にはきわめて簡明なアクセントの規則がある.
1.1音節の語 ― アクセントをつけるとすれば,その母音以外にはない.
(母音)´
cór,crū´s,dē´ns,ós,pē´s,rē´n
2.2音節の語 ― アクセントは常に前(後から2番目)の音節にある.
(母音)´(母音)
álbus,córpus,nérvus,rā´dix,téndō,vénter,zō´na
3.3音節(以上)の語 ― アクセントは a)後から2番目の音節が長音節ならば,その音節に,b)短音節ならば,その前(後から3番目)の音節にある.
a)(母音)(長音節)´(母音)
長音節は,長母音(または重母音)を含むか,短母音の後に子音が重なる場合(二重子音 x,z を含む).forā´men,trāchē´a,colúmna,medúlla,connéxus
b)(母音)´(短音節)(母音)
短音節は,短母音の後に子音が1個だけの場合(ch,ph,rh,th のほかに br,tr なども含む).artē´ria,cávitās,lā´mina,cérebrum,pálpebra,vértebra
Ⅳ.ラテン語(名詞・形容詞)の語尾変化
解剖学用語のラテン語は主として名詞と形容詞(序数詞を含む)で,その変化形もほとんど単数・複数の主格・属格である.まれに前置詞(ad,cum,sine)を伴った対格や従格(奪格ともいう)や接続詞(et,
A.名詞の語尾変化
名詞 | 単数 | 複数 | 形容詞 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
種類 | 性 | 主格 | 属格 | 主格 | 属格 | 種類 | |
第1変化 | 女 | vēn-a | -ae | -ae | -ārum | 第1・2変化 | 第2変化 | 男 | nerv-us | -i | -i | -ōrum | 中 | coll-um | -i | -a | 第3変化 | 男・女 | 子)pēs i)auris | 子)ped i)aur | -is | -ēs | 子)-um i)-ium | 第3変化 | 中 | 子)caput i)rēte | 子)capit i)rēt | -is | 子)-a i)-ia |
第4変化 | 男・女 | man-us | -ūs | -ūs | -uum | ナシ | 中 | gen-ū | -ūs | -ua | 第5変化 | 女 | faciēs | -ēī | -ēs | -ērum |
1.第1変化名詞は,ほとんど女性で,男性も少しはあるが(解剖学用語にはない),中性はない.単数主格の語尾は -a で,たとえば,vēna,vēnae,vēnae,vēnārum と変化する.辞典や単語集では,単数主格に属格の語尾をそえて vēna,
2.第2変化名詞は,男性と中性に分けられる.男性名詞は単数主格の語尾が -us で,たとえば,nervus,nervī,nervī,nervōrum と変化し,nervus,
3.第3変化名詞は,男性または女性(同形)と中性に分けられる.この変化の名詞は単数主格の形がいろいろで,代表的な語尾を示すことはできないが,属格は必ず -is に終り,語幹が現われている.第3変化の名詞には,a)語幹の末尾が名種の子音に終るもの(子音語幹の名詞)と,b)母音の i に終るもの(i 語幹の名詞)があり,後者の複数には i が現われる.
a)子音語幹の男性名詞は,たとえば,pēs,pedis,pedēs,pedum と変化し,pēs,pedis m. (足)と示す(d 語幹).例としては,liēn,
b)i 語幹の男性名詞は,たとえば,canālis,canālis,canālēs,canālium と変化し,複数属格に i が現われている(もともと canāli- までが語幹).canālis,
4.第4変化名詞は,男性または女性(同形)と中性に分けられる.男・女性名詞の単数主格は -us で,たとえば,manus,manūs,manūs,manuum と変化し,manus,
5.第5変化名詞は,ほとんど女性である.単数主格の語尾は -ēs で,たとえば,faciēs,faciēī,faciēs,faciērum と変化し,faciēs,
6.名詞の語尾変化(表1)を概観して注意すべき点を列挙する.
a)第1,2変化および第3変化の名詞は数が多くてとても覚え切れるものではないが,第4変化,ことに第5変化の名詞は少ないので,まずこれらの名詞をおさえておく.
b)第3変化の名詞は数も多い上に,変化がはげしくて,単数主格の形がいろいろで語幹が完全に現われていないことが多く,属格(必ず -is に終る)以下で語幹と語尾を確認しなければならないし,主格以外の格から主格を求めるのも難しい(それができなければ,辞書も引けないし,単語集を見てもどれだか分からない).そこで特に第3変化の名詞は必ず dēns,dentis と続けて発音して,その変化の感じを目と耳から覚えておく.
c)第4変化(男・女性)と第5変化の名詞は,単数と複数の主格が全く同じ形である.
d)
-us という語尾は,第2変化名詞(男性単数主格)のほかに,第3変化名詞(中性単数主格,corpus など),第4変化名詞(男・女性単数主・属格および複数主格,中性単数属格)にある.
-um という語尾は,第2変化名詞(中性単数主格)のほかに,すべての変化の複数属格の末尾に見られる.
-ma という語尾は,ギリシア語ならば,chīasma,
e)第2,3,4変化名詞のように男(女)性と中性が分かれている場合も,語尾の異なるのは単・複数の主格だけで,属格は同形である.
f)第1~5変化名詞の複数属格の語尾は,それぞれ,
7.名詞の縮小形(縮小詞)の形成
第1~4変化名詞のうちのあるものは,男性ならばその語(または語幹)に -culus,
a)男性(第2変化)の縮小詞
caliculus(杯<calix,
b)女性(第1変化)の縮小詞
auricula(耳介,心耳<auris,
c)中性(第2変化)の縮小詞
corpusculum(小体<corpus,
B.形容詞の語尾変化
形容詞は,表1に示したように,第1・2変化および第3変化形容詞の2種類あり,これらを用例によって示したものが次の表2である.
形容詞 | 単数主格 | ||||
---|---|---|---|---|---|
種類 | 性 | 用例(1) | 用例(2) | 用例(3) | 用例(4) |
第1・2変化 | 男 | longus | longissimus | asper | niger |
女 | -a | -a | -era | -gra | |
中 | -um | -um | -erum | -grum | |
第3変化 | 男・女 | brevis(i) | brevior(子) | biceps(子) teres(i) | āscendēns(i) |
中 | -e(i) | -ius(子) |
1.第1・2変化形容詞の語尾は,名詞の第1変化(女性)と第2変化(男性と中性)の語尾と同じものである.たとえば,用例(1)の longus(長い)という形容詞が男性名詞 nervus(神経)についてこれを修飾するとすれば,nervus longus(長い神経)となって longus は第2変化男性の語尾をとり,女性名詞 vēna(静脈)につけば,vēna longa(長い静脈)となって longa は第1変化女性の語尾をとるが,中性名詞 collum(頚)について collum longum(長い頚)となれば longum は第2変化中性の語尾をとる(もちろん,名詞が第3変化や第4,第5変化であっても同じことである).一般に,形容詞はそれが修飾する名詞の性・数・格に一致して変化させなければならない.(表2には単数主格だけを示したが,各形容詞の属格以下は表1の該当する欄を見れば分かる.)第1・2変化の形容詞は,たとえば,longus,
2.第3変化形容詞は,名詞の第3変化と同じ語尾をとる.たとえば,用例(1)の brevis は男・女性形で,中性は breve となり(2形),brevis,
3.形容詞の比較
上述したように,形容詞(原級)には longus,
原級(第1・2または3変化) | 比較級(第3変化) | 最上級(第1・2変化) |
---|---|---|
longus, -a, -um(長) | longior, -ius(長) | longissimus, -a, -um(最長) |
brevis, -e(短) | brevior, -ius(短) | brevissimus, -a, -um(最短) |
magnus, -a, -um(大) | mājor, -jus(大) | māximus, -a, -um(最大) |
parvus, -a, -um(小) | minor, -us(小) | minimus, -a, -um(最小) |
superus, -a, -um* | superior, -ius(上) | suprēmus, -a, -um(最上) =summus, -a, -um |
inferus, -a, -um* | inferior, -ius(下) | īnfimus, -a, -um(最下) =īmus, -a, -um |
ナシ | anterior, -ius(前) | ナシ |
posterus, -a, -um* | posterior, -ius(後) | postrēmus, -a, -um*** =postumus, -a, -um |
(internus, -a, -um(内)) | interior, -ius** | intimus, -a, |
(externus, -a, -um(外)) | exterior, -ius** | extrēmus, -a, -um*** |
4.数詞のうちでは序数詞の第12までが第1・2変化形容詞として使われる.(脳室は第4まで,手足の指は第5まで,胸椎および肋骨は第12までである.)
第1 | primus, | 第7 | septimus |
第2 | secundus(以下略) | 第8 | octāvus |
第3 | tertius | 第9 | nōnus |
第4 | quārtus | 第10 | decimus |
第5 | quīntus | 第11 | undecimus |
第6 | sextus | 第12 | duodecimus |
Ⅴ.解剖学用語(Nomina anatomica)の構成
1.用語が1語で示される場合,名詞の単数または複数主格が用いられる.
oculus(眼),faucēs(口峡)
各名詞について辞典や用語集を見て必要なことを調べれば,表1の変化表によって変化させることができる.たとえば,oculus,
2.用語が2語より成る場合.
a)名詞(主格)+名詞(主格) 筋の名称だけに見られる用法であって,筋という名詞の後にその作用を表わす名詞(動作者)が同格で続く.
musculus massētēr(咬筋),m. 2) supīnātor(回外筋)各名詞にそれぞれ固有の変化をさせて数と格をそろえればよい.mūsculus,
b)名詞(主格)+名詞(属格) 普通に見られる形である.
āla nāsī(鼻翼),dorsum manūs(手背)āla,
ālae nāsī,dorsī manūs(単・属)
ālae nāsī(nāsōrum),dorsa manuum(複・主)
ālārum nāsī(nāsōrum),dorsōrum manuum(複・属)
ālae nāsī は,単数の鼻の複数の翼,ālae nāsōrum は複数の鼻の複数の翼ということになるが,dorsa manuum の方は,dorsa manūs ということはありえない.また,もともと複数の名称にも sūtūrae cranii(頭蓋の縫合)のように単数属格の場合と,vorticēs pilōrum(毛渦)の場合のように複数属格の場合があるし,rīma palpebrārum(眼𥇥裂)のように単数の名称で複数属格がついていることもある.
c)名詞(主格)+形容詞(主格) 最も普通に見られる形であろう.形容詞は常に名詞の性・数・格に一致して変化させなければならない.
columna vertebrālis(脊柱),os sacrum(仙骨)columna,
columnae vertebrālis,ossis sacrī(単・属)
columnae vertebrālēs,ossa sacra(複・主)
columnārum vertebrālium,ossium sacrōrum(複・属)
しかし,この場合も複数などは使わないであろう.また,形容詞の比較級や最上級が使われることも多い.たとえば,
palpebra superior(上眼𥇥),membrum inferius(下肢),faciēs anterior(前面),trochantēr mājor(大転子),mūsculus longissimus(最長筋)など.以上の例のように,形容詞を名詞の後に置くのが普通であるが,次の用語だけは例外的に名詞の前に形容詞を置いている.
pia māter(軟膜),dūra māter(硬膜)pius,
3.用語が3語以上の語より成る場合.2語の場合の原則を複合させたものであるから,まず要素に分解して,変化しうるものを変化させればよい.
artēria iliaca commūnis(総腸骨動脈) artēria iliaca(腸骨動脈)に commūnis(総)がついたもので,commūnis も iliaca と同じように artēria に性・数・格を一致させる.
concha nāsālis inferior(下鼻甲介) これも concha nāsālis(甲介)に interior(下)のついたもの.
faciēs articulāris capitis costae(肋骨頭関節面) faciēs articulāris(関節面)に caput costae(肋骨頭)の属格がついたもの.facies articulāris の方だけ変化させればよい.
tūberōsitās mūsculī serrātī anteriōris(前鋸筋粗面) tūberōsitās(粗面)に mūsculus serrātus anterior(前鋸筋)の属格がついたもの.tūberōsitās だけ変化する.
以上のような多数語より成る用語には前置詞の ad(―への,対格支配),cum(―との,従格支配),sine(―のない,従格支配)や接続詞の et(と),
rāmus sympaticus ad ganglion ciliāre(毛様体神経節への交感神経枝) rāmus sympathicus(交感神経枝)に ganglion ciliāre(毛様体神経節)が ad(への)によって対格にされてついている.
rāmus commūnicāns cum nervō laryngēō inferiōre(下喉頭神経との交通枝) rāmus commūnicāns(交通枝)に nervus laryngēus inferior(下喉頭神経)が cum(との)によって従格にされてついている.
glandulae sine ductibus(内分泌腺) glandulae(腺,複数)に ductūs(導管,複数)が sine(のない)によって従格にされてついている.(導管のない腺が内分泌腺である.)
truncī lumbālēs dexter et sinister(右・左腰リンパ本幹) truncus lumbālis dexter と t.l. sinister を一緒にしたもの.2本であるから truncī lumbālēs と複数になっている.
nervī digitālēs dorsālēs,hallucis laterālis et digitī secundī mediālis(母指外側と第二指内側の背側皮神経)や vagīna tendinis musculōrum abductōris longī et extensōris brevis pollicis(母指の長外転筋および短伸筋の腱鞘)などは解剖学用語のうちで最も長いものであろう.このようなものを変化させることはほとんどあるまい.
mūsculus levātor labiī superiōris ālaeque nāsī(上唇鼻翼挙筋)は labium superius(上唇)(と)āla nāsī(鼻翼)
ligāmentum suspensōrium pēnis sīve clītoridis(陰茎(陰核)提靱帯)ligāmentum suspensōrium pēnis(陰茎の提靱帯)sīve(または)l.s. clītoridis(陰核の提靭帯)ということ.pēnis と clītoridis は属格である.
つぎに解剖学用語に見られる略字を一覧表にしておく.
名詞 |
---|
a. =artēria(動脈),aa. =artēriae(動脈,複数), art. =articulatio(関節),for. =forāmen(孔), ggl. =ganglion(神経節), gl. =glandula(腺),gll. =glandulae(腺,複数), ln. =lymphonōdus(リンパ節),lnn. =lymphonōdī(リンパ節,複数), lig. =ligāmentum(靱帯),ligg. =ligāmenta(靱帯,複数), m. =mūsculus(筋),mm. =mūsculī(筋,複数), n. =nervus(神経),nn. =nervī(神経,複数), ncl. =nucleus(核),pl. =plexus(神経(静脈)叢), proc. =prōcessus(突起), r. =rāmus(枝),rr. =rāmī(枝), v. =vēna(静脈),vv. =vēnae(静脈,複数) |
形容詞 |
ant. =anterior(前),caud. =caudālis(尾方), cran. =craniālis(頭方),dist. =distālis(遠位), dors. =dorsālis(背側),fib. =fibulāris(腓側), inf. =inferior(下),lat. =laterālis(外側), med. =mediālis(内側),plant. =plantāris(底側), post. =posterior(後),prox. =proximālis(近位), rad. =radiālis(橈側),sup. =superior(上), superf. =superficiālis(浅),tib. =tibiālis(𦙾側), uln. =ulnāris(尺側),ventr. =ventrālis(腹側) |
さて,以上のとおり解剖学に用いられるラテン語を解説したが,これらの用語には古典期の(Celsus や Plinius などの使った)いわゆる古典ラテン語(当然先進文化語であるギリシア語がラテン語化されてかなり沢山はいっている)のほかに後期ラテン語や中世ラテン語も含まれているし,さらに近世ラテン語(ギリシア語,ラテン語,アラビア語などを新たに改変したもののほかに英語やフランス語などの近代語を学術用にラテン語化したもの)も見られる.また,最近は従来の解剖学用語に組織学用語と発生学用語も加えられた.これらにはふれなかったが,どんな場合でも,ひとたびラテン語として造られた用語であれば,その発音も変化もこれまでのべてきたラテン語の規則に従ってすればよいのである.一つ一つの単語を注意深く調べておけば,そう難しいことではない.
最後に H. Triepel が小冊子の名著 Die Anatomischen Namen の初版の前書き(1905年)に残した言葉を伝えて稿を置きたい.
……私がこの小冊子を書く決心をした第二の理由は,多くの解剖学用語が非常にしばしぼ間違ったアクセントで発音されていることである.ひとたびギリシア語の美しさとラテン語の正確さに驚嘆したことのある人なら,胸を刺されるにちがいないような用語の発音を解剖実習室で(残念ながらほかの場所でも)何度も聞かされることになるのである.……
今世紀の初めのドイツの大学でもこんな状況であったことに驚くのであるが,今世紀も終りに近づいた日本の大学でラテン語を使う方々にこの小文が少しでもお役に立てば幸いである.
注
- os sacrum(仙骨)の仙であるが,sacer は神聖なという意味であって,ギリシア語の hieron ostoun(大きな骨)の hieros(神聖な,大きい)という形容詞を sacer(大きいという意味はない)と訳したために起こったことである.
- m. = mūsculus
- mm. = mūsculī
(このページの公開日:2021年6月17日)