末梢感覚神経系の機能実現・維持に関するグリア細胞の形態学的解析
関西医科大学医学部解剖学講座
小池 太郎

この度は,歴史ある解剖学奨励賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに学会関係者の先生方に厚くお礼申し上げます.自身の研究についてお話しさせていただく機会を与えていただきましたので,簡単に紹介させていただきます.「エッセイ風に」と仰せつかっておりますので,研究以外の内容も含みますがご容赦いただけると幸いです.
私は東洋医学への興味から明治鍼灸大学(現,明治国際医療大学)に入学したのですが,解剖学講座の熊本賢三教授と榎原智美准教授に「研究室で仕事をしてみないか」とお声掛けいただいた事をきっかけに研究の道に足を踏み入れました.当初は研究室という非日常的な空間に興味をそそられただけでしたが,形を明らかにし機能に迫るという解剖学特有の考え方が自分の性分と合い,学部2年の夏から修士課程修了までの約4年半もの間お世話になりました.研究室のメインテーマは皮膚感覚受容器の形態をマクロとミクロの視点で明らかにする事であり,私はラット足底皮膚を対象に研究を行いました.足底皮膚全領域において層板小体の分布を可視化し足底接地部位との相関を調べ,小体の神経支配を軸索トレーシングを用いて解析し,肉球皮膚が鋭敏な感覚受容器官であることを報告しました(Koike et al. Cell Tissue Res.2021).連続切片の染色と三次元再構築という地味な作業の繰り返しでしたが,この間に研究の泥臭い側面と説得力ある画像で生命現象を証明するという解剖学ならではの考え方を身をもって学ぶ事が出来ました.
博士課程では,関西医科大学解剖学講座解剖学第一講座に席を移し,山田久夫教授の下で研究を行いました.教員の先生方のほとんどが中枢神経を対象とした研究に取り組む中,山田先生は私の経歴を見て末梢神経を対象に研究する事をご提案下さいました.実験を開始した当初は全く目ぼしい成果が出ずに焦っていたのですが,山田先生は私が自分で突破口を見出すまで待って下さいました.初心に帰り,後根神経節のニューロンとグリア細胞の形態をじっくりと観察したところ,ニューロン突起起始部はCajal Initial Glomerulus(CIG)と命名され,髄鞘に被われておらず,代わりにサテライトグリアと思しき細胞に被われている事に気付きました.またこの細胞について文献的な記載が過去数十年にわたり存在しない事も判明しました.CIG と周辺細胞を詳細に観察するため電子顕微鏡観察を試みましたが,Glomerulus と命名されているとおり蜷局を巻いており,一断面ではその全体像を把握する事が出来ません.そこで百数十枚の連続超薄切片を 1 cm四方の基板に載せる手作り装置を考案し(Koike et al. Acta Histochem Cytochem. 2017),アレイトモグラフィーを行う事でCIG 全体を観察しました.電顕試料の観察では神戸大学の片岡洋祐教授にお力添えをいただき,切片観察に特化したFE-SEM を使わせていただいております.連続超薄切片解析によりCIG 末端には髄鞘形成途中であるかの様なグリア細胞が存在する事を見出し,各種グリア細胞マーカーの染色やBrdU を用いた細胞運命追跡により,このグリア細胞が有髄シュワン細胞に成熟する事を明らかにしております.上記研究を進める中で,CIG を被うグリア細胞のさらに外側を取り巻く,新規グリア細胞も同定する事が出来ました(Koike et al. J Comp Neurol. 2019).この細胞は末梢神経系幹細胞マーカーとされるp75 神経成長因子受容体を発現していることから,後根神経節内の細胞動態に関与する可能性があるのではないかと考えております.
現在は2019年に関西医科大学解剖学講座に着任された北田容章教授にご指導賜り,引き続きCIG とその周辺グリア細胞についての研究を行っております.形態学的解析手法を柱に,遺伝学や分子生物学的手法を取り入れた機能解析を加え,CIG を中心とした末梢神経細胞動態,およびそれにより維持・調節される感覚について解明していくつもりです.また,実験動物から得られた研究成果をヒト組織において検証することで,医学の発展に貢献出来るよう研究を進めていきたいと思っております.
最後になりましたが,右も左も分からなかった私を解剖学の世界にお導き下さった熊本先生,榎原先生,山田先生,そしてこれまでの研究を踏まえてご指導くださっている北田先生には心より感謝申し上げます.また,共同研究者の先生方と講座の先生方にはいつも大変お世話になり,深くお礼申し上げます.まだまだ若輩者ではございますが,解剖学会の発展に貢献できるよう精進致しますので,ご指導ご鞭撻を賜りますよう,どうぞよろしくお願い申し上げます.
(このページの公開日:2024年11月21日)