基礎と臨床のコウモリとして生きてきて:リンパ解剖とリンパ浮腫

岡山大学むくみを科学する先進リンパ学講座
品岡  玲

出典:解剖学雑誌99巻p.36 (2024)(許可を得て転載)

コウモリに失礼な意味ではなく,基礎と臨床を橋渡しする研究を続けてきて現在に至りますので,コウモリになったそのきっかけと思いをつづらせていただけたらと思います.また,私の専門はリンパ系というかなりニッチな分野で,更に肉眼解剖レベルの研究を主にしております.遺伝子レベル,分子レベルの研究が進んだこの時代でなぜこのようなclassical な研究を始めたのかも,お話しできればと思います.

私は,医学部の学生時代から人体構成学に出入りさせていただきながら基礎研究をさせて頂いておりました.その時のテーマは血管系の顕微解剖で,特に弾性線維の分布を調べる研究でした.医学部の学生でしたので,特に臨床を意識せず,自由に知りたいことを自由な方法で研究できました.今は弾性線維の研究をストップしておりますが,その時期に研究の楽しさ,様々な解剖組織学的な研究方法を学べたことが今に繋がっていると感じでおります.

卒後は形成外科医になり,同時に人体構成学のスタッフとして,研究をすることになりました.基礎医学一本で生きることももちろん考えましたが,やはり医療現場にかかわりを持っていきたいという思いがあり,2割程度の時間を使って臨床(リンパ浮腫)に関わらせていただくことになりました.その時には,まさかリンパ系の解剖研究をするとは考えておりませんでしたが,臨床に関わるうちに,リンパ系の解剖でわからないとことが多くあるということに気づき,どうしても知りたくて解剖研究をすることになりました.リンパ系の肉眼解剖は難しく未知の部分が多くあったために,研究として成り立ったのかもしれませんが,今思うと,やはり臨床から見て今欲しい情報をダイレクトに知りえたことがコウモリ研究者として大切だったのかもしれません.他の基礎研究が得意であったならば,リンパ浮腫に対して他のアプローチを行ったかもしれません.運命とは不思議だと感じます.

しかしながら,リンパ系の解剖研究は苦労の連続でした.まず,肉眼解剖を行うための資金が全くなく,立ち上げすら困難でした.大塚先生のご厚意でなんとか資金をやりくりしても,リンパ系解剖の手技は大変な手間と時間がかかり,革新的なデータを集めるが困難でした.リンパ系のデータが少ないのは,過去の解剖学者が行っていなかっただけかと思っていましたが,技術的な問題の方が大きな壁であり,未熟な私ではしばし立ち止まらざるを得ない状況でした.そこをブレイクスルーできたのは臨床現場で用いている技術でした.臨床現場では近赤外蛍光色素を用いた生体リンパ管造影が開発されており,従来の色素や造影剤を注入する方法に比べ,全体の構造を解析する時間が大幅に短縮できます.実際,下肢1肢を綺麗に解剖しようとすると1週間はかかりますが,この方法では1時間ほどでできてしまいます.さらにお金がなかったのでイメージングする機械を自作しました.その経験,その知識のおかげで,今イメージング装置を作る会社と共同研究を続けることができています.このように,新たな独自イメージング技術のおかげで,多くの検体を解析することができ,肉眼解剖の領域で,新知見を出すことができました.臨床現場に関わっていたからこそ応用できた技術であり,これも運命だと感じます.

現在は,新たなリンパ解剖知見を出しながら,それを検査法,治療法に応用しながら逆に基礎研究にもフィードバックをかけている段階です.特に,私の共同研究講座は,イメージング装置の浜松ホトニクス,治療器のテクノ高槻,岡山大学との3者の共同体で橋渡し研究を効率よく行えております.解剖という最も基礎的な知見を,臨床現場へダイレクトに届けれますようこれからも精進してまいりますので,学会員の皆様,ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします.最後になりますが,歴史ある学会の,名誉な賞を頂け大変光栄です.日本解剖学会の皆様,私の研究を支えて下さりました岡山大学名誉教授大塚愛二先生,並びに岡山大学人体構成学のメンバーに,この場をお借りして厚く御礼申し上げます.

(このページの公開日:2024年11月21日)

Anatomage Japan 株式会社

脳科連

IFAA2024

バナー広告の申込について