社会性行動の神経基盤及び分子メカニズムの研究

大阪大学大学院医学系研究科解剖学講座神経細胞生物学
臼井 紀好

出典:解剖学雑誌99巻p.35 (2024)(許可を得て転載)

この度は歴史と伝統のある日本解剖学会の奨励賞を賜りまして大変嬉しく光栄に存じます.選考委員長の竹田扇先生をはじめ選考委員の先生方,これまでご指導頂いた先生方に改めて御礼申し上げます.

私と解剖学の出会いは大学院で生理学研究所の池中一裕先生の研究室に進学したことがきっかけです.当時から池中先生はグリア細胞について熱心かつ楽しくお話されていたことを覚えています.池中研では現新潟大学の竹林浩秀先生と一緒に運動ニューロンとオリゴデンドロサイトの発生に必須であるOlig2 転写因子の研究を行いました.脊髄神経回路の形成における運動ニューロンの役割とオリゴデンドロサイトの分化に関わる研究を行い,高次機能を支える神経回路の発生とグリア細胞について学びました.

学位取得後は米国テキサス州ダラスにあるテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターのGenevieve Konopka 先生の研究室でポスドクをしました.高次機能の中でも社会性に興味を持ち,進化と病気に着目して社会性の神経基盤についての研究を行いました.ヒトと他の霊長類の脳における遺伝子発現を比較し,ヒトのオリゴデンドロサイトに特異的な遺伝子発現が高次機能の獲得に寄与することを明らかにしました.この研究ではヒト,チンパンジー,マカクザルの死後脳から背外側前頭前野を取り出し実験に用いておりました.また,社会性が障害される自閉スペクトラム症に着目し,FOXP1,FOXP2 をはじめ様々な原因遺伝子の解析を行いました.これらの機能解析から共通する表現型として,大脳皮質深層とオリゴデンドロサイトが社会性に重要なことを見出しました.

帰国後は自閉スペクトラム症研究の繋がりから,福井大学の松崎秀夫先生にお声がけ頂き,特命助教として社会性の研究を継続する機会を与えて頂きました.松﨑研では自閉スペクトラム症児の血液検体を用いて脂質の研究を行い,自閉スペクトラム症における脂質代謝の異常が社会性と関連することを見出しました.オリゴデンドロサイトが形成する髄鞘の約80% は脂質であり,これまでの研究が自分の中で繋がったことを覚えております.そして,社会性が障害されたマウスの脳からZBTB16 遺伝子を同定しました.ZBTB16 はジンクフィンガー型の転写因子であり,細胞の増殖と分化を制御しています.同定した当時,脳機能における役割は不明でした.

ZBTB16 を同定したタイミングで,大阪大学の島田昌一先生にお声がけ頂き,現所属の大阪大学へ異動することになりました.島田研では特任助教,助教,准教授として自由に研究させて頂く機会を与えて頂き,ZBTB16 の機能解析から,大脳皮質深層とオリゴデンドロサイトの発達障害が社会性の障害に繋がることを見出しました.現在は大脳皮質深層を中心に他の脳領域との繋がりを解析することで社会性の神経基盤について新たな知見が得られつつあります.また,自閉スペクトラム症の基礎研究からオリゴデンドロサイトの発生と社会性行動についても面白い結果が得られつつあります.日本解剖学会にてご報告できるように発展させて行く所存です.

また,現在はZbtb16-Cre マウスとZbtb16 flox マウスを作製しております.ZBTB16 は神経細胞とグリア細胞の発生に関わる転写因子であり,脳以外の組織では,精子の発生,巨核球の発生,骨髄系およびリンパ系細胞の発生,サイトカイン産生,筋骨格と四肢の発生など多くの発生生物学的プロセスを制御するため,様々な細胞・組織の発生と疾患の研究に有用です.脳から全身の組織へと研究を発展させることで解剖学の理解を深めていければと考えております.これらのマウスや研究にご興味のある先生や学生さんがおられましたらお声がけ頂ければ幸いです.

最後になりましたが,これまでご指導頂きました生理学研究所の故池中一裕先生,新潟大学の竹林浩秀先生,テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターのGenevieve Konopka 先生,福井大学の松崎秀夫先生,大阪大学の島田昌一先生をはじめ,共同研究者やご指導頂いた先生方,研究室のスタッフや学生の皆様にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます.まだまだ未熟な私ではありますが,今後も日本解剖学会での活動をはじめ,解剖学の教育と研究により一層精進していく所存です.今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い申し上げます.

(このページの公開日:2024年11月21日)

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