海馬神経回路の制御基盤としての糖鎖の役割

九州大学大学院 医学研究院 神経解剖学
山田 純

出典:解剖学雑誌97巻p.76 (2022)(許可を得て転載)

この度は日本解剖学会奨励賞を賜り,大変光栄に存じます.九州大学医学研究院神経解剖学 神野尚三先生をはじめ,これまでご指導いただきました先生方,日本解剖学会の諸先生方に厚くお礼申し上げます.

私は,九州大学薬学部総合薬学科4年次における研究室配属にて,九州大学歯学研究院 中西博先生(現:安田女子大学薬学部)のもとで研究する機会を得ました.中西先生は九州大学薬学部のご出身ということもあり,薬学部生の研究室配属を受け入れており,私も快く受け入れていただきました.修士課程に進学してからも,引き続き中西先生が指導教員という形で研究を見てくださいました.このいきさつから修士課程修了後は歯学研究院の博士課程に進学し,学位を取得するまで中西先生からご指導いただきました.研究面では,ミクログリアと神経伝達に関する研究を精力的に進められており,電気生理学的手法を軸としてミクログリアーニューロン相互作用の機能的な解析を行っていました.この研究を進める中で,ミクログリアの三次元的な形態解析やミクログリアとシナプスの微細形態解析が必要となりました.中西先生は学部や教室の枠にとらわれずに,積極的に新しい技術を習得することを推奨しており,九州大学医学研究院神経形態学(小坂俊夫教授)におられた神野尚三先生を紹介していただき,勉強してくるようにと後押しをしてくれました.神野先生もまた,グリア研究を開始されていた時期だったこともあり,ご自身が持っていた研究ツール・リソースの多くを快く提供してくださり,共同研究がスタートしました.この際に行った一連の研究は,数編の論文(Yamadaet al., Glia, 2008; Yamada et al., Neuroscience, 2011; Yamada & Jinno, J Comp Neurol, 2013)として報告することができ,博士課程を早期修了することができました.また幸運にも,大学院修了時の2010年には,医学研究院神経形態学教室において助教として採用していただき,以後現在に至るまで神野先生の下で研究・教育に携わってきました.

2010年以降は,本格的に神野先生と研究を進めることになりました.神野先生の研究スタイルは,仮説検証型ではなく,興味駆動型で研究を進めるというものでした.免疫染色についていえば,免疫染色を行い,丁寧な観察をもとに新しい事実を見出していくという過程を重視していました.そのために,日頃より顕微鏡画像を確認し,議論を行い,論文の方向性を決めるということを繰り返し行ってきました.このスタイルをもとに,現在まで続けている研究が,今回受賞の対象としていただいた「海馬神経回路における糖鎖に関する研究」につながっています.

小坂俊夫先生は1990年前後に中枢神経系のパルブアルブミン(PV)ニューロンの周囲にペリニューロナルネット(PNN)といわれる特殊な糖鎖構造があることを報告しており,PNN の抗体・レクチンを多数保管されていました.また,2000年代に入って PNN と可塑性に関わるエポックメイキングな研究が数編報告されたこともあり,神経系に発現する糖鎖は注目を集めていましたが,PNN の局在に関する研究についてはほとんど進んでいませんでした.そこで,PNNを認識する抗体・レクチンを用いて免疫染色を行い,局在を解析することで 1.すべての PV ニューロンに PNN があるわけではなく,PV ニューロンのサブタイプによって PNNを 持 つ 割 合 は 異 な る こ と(Yamada & Jinno, J Comp Neurol,2015) 2.PVューロンのサブタイプによって,PNN の分子組成が異なること(Yamada & Jinno, J Comp Neurol, 2017)3.PV ニ ュ ー ロ ン 以 外 に 発 現 す る PNN が 存 在 す る こ と(Yamada et al., J Neurosci, 2020)などを報告し,従来のGABAニューロンの分類に糖鎖の視点から新たな切り口を展開するきっかけとなりました.さらに,海馬歯状回に発現する糖鎖の存在にも着目した研究を行い,歯状回には多量の糖鎖が発現することや歯状回の糖鎖を分解すると神経新生が低下すること(Yamada et al., J Neurosci, 2018, Yamada et al, J Nutr Biochem, 2022)などを報告しました.

今後もこれらの研究を発展させるべく,一層精進してまいりたいと思っております.同時に,解剖学教育においても貢献できるように,勉強を重ねていきたいと思っております.今後とも,解剖学会の皆様方のご指導ご鞭撻のほど,よろしくお願い申し上げます.

(このページの公開日:2022年10月18日)

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