骨盤底における平滑筋と骨格筋の協調関係

東京医科歯科大学 臨床解剖学分野
室生 暁

出典:解剖学雑誌97巻p.75 (2022)(許可を得て転載)

これまでの研究歴

私が解剖学研究に出会ったのは医学部4年生の時で,最初に取り組んだ研究は肛門管の筋層構造についての研究でした.当時はその学術的意義や臨床的意義を深く理解していたわけではありませんでしたが,何よりも印象的だったのは解剖学の「かたち」を見るためのアプローチの多様さでした.一口に肛門管の筋を肉眼的に解剖すると言っても,外方から見るのか,内腔側から見るのか,層序に従って剖出するのか,断面を切ってみるのかなど,解剖を行う観察者の発想次第で様々なアプローチが可能であることを知りました.組織学的に観察するにあたっても,どこの構造に焦点をあて,どの断面を取得するか,そして何の組織を見たいかによって様々な染色法があること.「かたち」を捉えるために解剖学が築いてきた多様な手法と,観察者の自由な発想で人体の構造に向き合うことができる幅広い可能性に惹かれました.大学院でも直腸肛門管や骨盤底筋の研究を続け,それは現在も私自身の主軸の研究テーマになっています.他にも,膵臓の血管や神経,腎筋膜,膝関節の靱帯などの研究に取り組んでいます.

研究の内容

この度賞をいただいた研究は骨盤底筋群の形態学的解析を行った研究で,骨盤底を構成する平滑筋と骨格筋の相互関係に着目しました.一般的に,骨格筋が体壁を構成したり関節運動を担うのに対し,平滑筋は内臓を構成したり腺分泌に関与します.しかし,骨盤底領域,特に直腸の周囲では,平滑筋が腸管の壁を作るだけにとどまらず,周囲に延び出していました.これらの平滑筋は3次元的に広がって,肛門挙筋(骨格筋)を上下から挟み込んでいたり,肛門挙筋と線維をかみ合わせるように直接付着していたり,外肛門括約筋(骨格筋)の筋束の間を貫いて尾骨へ吊り上げていたり,骨格筋と対置するように尿道球腺(Cowper 腺)を囲んでいたりと,局所において骨格筋と多様で特徴的な関係を作っていました.このような平滑筋と骨格筋の密接な関係は,腸管の平滑筋と骨盤底の骨格筋が空間的に密接する骨盤底領域だからこそ見られる構造なのではないかと考えています.
骨盤底は直立二足歩行を獲得したヒトに特徴的な構造であり,排泄や分娩のための出口を確保しながら,重力に抗して骨盤内臓を支える骨盤底支持を担います.従来,この骨盤底支持機構は骨格筋と靱帯によって担われていると考えられてきましたが,私達の一連の研究結果から,骨盤底支持や排尿/ 排便機能において骨格筋と平滑筋が動的に協調しながら機能発揮するメカニズムが示唆されました.臨床医学的な観点からは,骨盤臓器脱・排尿 / 排便障害の病態解明,骨盤内疾患の画像診断の基盤構築,直腸癌手術におけるアプローチの最適化(特に鏡視下手術やロボット支援手術)において有用であると考えております.

今後の抱負

マクロ解剖を軸として,鏡視下手術・ロボット支援手術・AI 手術時代に対応した新しい臨床解剖学研究に取り組んでいきたいです.臨床医学の領域では,鏡視下手術の発展により肉眼では十分に認識できないような構造まで拡大視で術中に視認可能になり,組織学的な性質を意識した操作が求められるようになってきました.私が所属する秋田恵一研究室では,鏡視下手術が求めるマクロとミクロの中間的なレベルを,中間的な概念を表す用語を用いてメゾ(meso)レベルと捉え,「メゾ解剖学(meso-anatomy)」という研究領域の確立を目指しています.日本のマクロ解剖学が築き上げた知見に立脚し,マクロ解剖学の発展に貢献できるよう取り組んで参ります.そして,臨床に直接携わっている医師,歯科医師,療法士などと密にコミュニケーションを取りながら,臨床解剖学,メゾ解剖学研究を深めていきたいと思います.
肉眼解剖学の教育にも引き続き関わっていきたいと思います.学生の解剖学実習には大学院生であった時も含めて毎年関わっておりますが,実習指導を行う教員側である自分自身にも毎回新たな気づきや学びがあります.きっとその学びが終わることは無く,私たちは解剖実習室で人体と向き合った時,人体の構造の奥深さに感嘆し,驚き,魅了される一学徒であり続けるのだろうと思います.解剖学教育を通じて,学生たちにも解剖学の面白さを伝えていきたいです.

(このページの公開日:2022年10月18日)

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