微細環境変化による組織転換:血管および骨の転換メカニズム

北海道大学大学院 歯学研究院 硬組織発生生物学教室
長谷川 智香

出典:解剖学雑誌97巻p.74 (2022)(許可を得て転載)

この度は,歴史と伝統ある日本解剖学会におきまして名誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに,学会関係者の先生方皆様に,厚く御礼を申し上げます.また,本受賞を賜りましたのも,これまでご指導を頂きました先生方や共同研究者の先生方のお力添えゆえと存じます.この場をお借りして深謝いたします.今回,本稿の執筆機会を賜りましたので,僭越ながら,私が基礎研究に従事することになったきっかけと現在の研究内容について,簡単にご紹介させていただきたく思います.

私が現在の道へと進むきっかけとなったのは,母校である北海道大学歯学部を卒業後,臨床研修を行っていた最中の本当に偶然の出来事でした.研修終了後の進路として,大学院進学を考えていた際に,旧知の先生から現所属先の教授で本学に着任したばかりの網塚憲生先生をご紹介いただきました.網塚先生の熱意あるお話をお伺いし「この先生の下で研究をしてみたい」と思ったことを記憶しております.ただ,当時,最終的には臨床医の道を考えていたことから,当初は臨床教室からの研究出向を考えておりました.ところが,網塚先生,そして,当時所属していた臨床教室の教授,お二方のご厚意の下,基礎・臨床の垣根なく,所属が基礎教室であっても研究も臨床も両方行える環境を,とのご提案をいただき,結果として,臨床を継続しつつも基礎の大学院生として網塚先生にご指導をいただくことになりました.それから,気が付けば早12年が経過し,軸足は徐々に基礎研究へと移り,現在に至ります.

網塚先生の下で,初めて私に与えられたテーマは「骨基質石灰化,特にコラーゲン性石灰化の微細構造学的メカニズムの解明」でした.骨基質石灰化は,骨芽細胞が分泌する基質小胞内部でリン酸カルシウム結晶が生じ,これら結晶が成長する基質小胞性石灰化と,その後,石灰化結晶が骨基質を構成するコラーゲン線維に波及するコラーゲン性石灰化に大別されます.アスコルビン酸欠乏によりコラーゲンの生合成に異常をきたしたモデル動物を用いて検索を行った結果,これまで hole zone theory で説明されてきたコラーゲン石灰化が,実際には collagen fibrils に沿って進展しており,必ずしも hole zone から開始するわけではないことを明らかにしました.ここから,さらに石灰化研究を進め,リン供給に関与し石灰化調節を担う Alkaline phosphatase や ENPP1 の異所性過剰発現が基質石灰化に及ぼす影響の解明や,異所性石灰化である血管石灰化の病理メカニズム解明などをテーマに取り組んで参りました.一方で,これらの研究テーマと平行して,骨の細胞群の微細構造研究や骨粗鬆症治療薬における骨の細胞群の反応に対する研究,また,慢性腎臓病やII型糖尿病,くる病・骨軟化症など様々な全身疾患に伴う骨病態に関する研究について,透過型電子顕微鏡や免疫電顕法などの微細構造解析法,また,近年ライフサイエンス領域での応用が進む FIB-SEM や STED・SIM などの超解像顕微鏡などの画像イメージング手法を中心に解析してきました.これらの研究から,骨代謝調節を担う骨の細胞群と血管系との細胞間連関(副甲状腺ホルモンの作用で血管系の細胞が骨芽細胞系細胞へ転換?)の可能性を見出す一方,骨機能が破綻した状態では,骨と空間的に離れた大動脈が骨芽細胞や破骨細胞を伴う機能的な骨組織を形成する「骨化」を明らかにすることができました.これらの所見をきっかけとして,各組織において機能不全等の微細環境変化が生じた場合,その役割や機能を別の組織に求める個体としてのフィードバック機構が備わっており,その結果,組織が形態的・機能的に異なる別の組織に転換する現象,すなわち,組織転換が生じ得るのではないか,と考えるに至り,現在,本概念を証明すべく検討を進めております.

大学院に入学してから現在に至るまでの12年間は,長いようで短く,日々楽しみながら濃密な研究活動を進めることができておりますのも,恵まれた環境と惜しみないご指導を下さる網塚先生,ならびに,多くの共同研究者の先生方,教室員の皆様のおかげと切に感じております.いまだ若輩者の身でございますので,今後も初心を忘れることなく研鑽に励み,微力ながら,解剖学,そして,解剖学会の発展に貢献してゆければと思っております.諸先生方におかれましては,今後ともご指導,ご鞭撻を賜りますよう,何卒よろしくお願い申し上げます.

(このページの公開日:2022年10月18日)

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