胎生期大脳におけるミクログリア分布の時空間的制御とその生理学的意義

名古屋大学大学院 医学系研究科 細胞生物学分野
服部 祐季

出典:解剖学雑誌96巻pp.20~21 (2021)(許可を得て転載)

この度は,日本解剖学会奨励賞という栄えある賞を賜りまして,大変光栄に存じます.嬉しく思う共に,身の引き締まる思いです.宮田卓樹先生をはじめ,普段よりご指導いただいている先生方,研究室の皆様には,心より感謝申し上げます.ならびに,本賞の選考委員を務めてくださった先生方,日本解剖学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.
今回,受賞者紹介記事の執筆の機会をいただきましたので,私自身が基礎研究を始めることとなったきっかけや,これまでの経緯を振り返りながら,研究内容を紹介させて頂きます.

研究を始めたきっかけと研究経歴

私は京都大学医学部人間健康科学科検査技術科学専攻に進学し,入学当初は医療の現場で臨床検査技師として働くことを目指しておりました.研究を志すことになったのは,大学1年生の時に基礎研究に接する機会が多くあったからかもしれません.京都大学の「自由な学風」の理念のもと,垣根なく様々な内容の授業を受けることができました.分子生物学の授業で仲良くなった友人と,医工学や再生医学(当時,iPS細胞の論文が発表された頃でした)の授業,ウイルス研究所主催(現:ウイルス再生医科学研究所)のポケットゼミなどを受講し,基礎研究の面白さを感じました.そしていつか自分も基礎研究に携わりたいと思うようになり,博士課程進学を目指すこととなりました.

学部3年生後期から卒業までは岡昌吾先生の研究室でお世話になりました.神経組織における糖鎖をテーマに,一から丁寧に細胞培養や実験技術の基礎を教えていただきました.免疫学に興味があった私は,学部卒業後に同大学生命科学研究科へと進学し,ウイルス研究所の杉田昌彦先生のもとで,結核菌由来の脂質抗原に対する免疫応答の研究に従事しました.種々の解析技術を学んだとともに,研究者としての心得,そして研究の厳しさと楽しさを教えて頂きました.当時の研究にやり甲斐を感じていた一方,博士過程に進学した頃から,脳の発生現象,特に,母体炎症との関連に興味を持つようになりました.

そして,「脳発生」分野の研究について調べていくなかで,宮田先生のご研究内容を知りました.宮田先生の「一つ一つの神経前駆細胞の動きを丁寧に観察し,脳づくり全体の現象を理解する」という研究姿勢,ライブイメージングで現場のできごとを捉えることの醍醐味に魅力を感じ,研究室の門をたたきました.実際にどういった研究展開をしていくか相談させて頂くなかで,自身の興味とバックグラウンドを活かせるようにとご配慮いただき,脳内の免疫細胞であるミクログリアの研究を開始する運びとなりました.分野を変えるというのは,当時の自分にとって非常に勇気のいる決断でしたが,大学院時代に免疫分野で培った知識や解析手法を活かした独自の研究展開ができるかもしれないと,不安と期待を抱きながら脳発生分野に飛び込む決意をしました.

ミクログリア研究の開始と研究内容

宮田研に来て,まずは脳発生分野での基本的技術を身につけることから始めました.マウス胎仔脳に遺伝子導入を行う“子宮内電気穿孔法”や,顕微鏡下で150~200ミクロンの厚みの大脳原基スライスを眼科用メスで作製することなどを学びました.とても繊細な作業ですが,研究室の皆さんはいとも簡単にこなされます.日々新しいことの連続で,慣れるまで苦労しました.また,ミクログリアの研究を一からスタートするに当たって,ミクログリア可視化マウス(CX3CR1-GFP マウス)の導入から進めました.覚えたての脳スライス培養下でのライブイメージングを行い,GFPに光るミクログリアが突起を頻繁に動かす様子を初めて捉えたときの感動は今でも覚えています.

脳スライス培養を色んな胎齢のマウスで試すなかで,胎生14日目の大脳原基でのミクログリアの不思議な挙動に気づきました.大脳原基を構成する層のうち,中間帯に存在するミクログリアは脳室方向に,皮質板に存在する細胞は髄膜方向に向かって移動するという両方向に動く性質があるようでした.興味深いことに,髄膜を剥がすと,皮質板内のミクログリアは髄膜に向かって移動できなくなりました.ミクログリアの分布は胎齢の進行に伴い変化することが知られ,胎生15~16日目の一時的な期間に皮質板から不在となります.したがって,胎生14日目に脳室,あるいは,髄膜方向に向かって移動した結果,このような特徴的な分布になるのではないかと考えました.

次に,どのような分子メカニズムでミクログリアは両方向に移動するのだろうかと思案し,脳実質内側や髄膜でミクログリアを誘引するような分子が産生されているのではないかと推測しました.ケモカインなどの走化性因子に焦点をあて,脳実質内側や髄膜で特異的に高く発現しているような分子を探し,CXCL12を見つけました.胎生14日目の大脳原基において,CXCL12は脳室下帯と髄膜に発現します.一方で,ミクログリアはCXCL12の受容体であるCXCR4を発現しています.そこで,長澤丘司先生のご協力を得て,Cxcr4 ノックアウトマウスを用いた解析を行いました.Cxcr4 ノックアウトマウスでミクログリアのライブ観察を行うと,上述のような両方向性の移動の特徴が認められず,その場にとどまり移動しないミクログリアが多数存在しました.この結果から,ミクログリアが脳室下帯や髄膜で産生されるCXCL12を感知し,皮質板から抜け出すことが分かりました.

一方,脳スライス培養で観察した移動が果たして生体内で確かに起こっている現象なのかは不明でした.脳スライス培養は組織環境を一定時間維持しますが,長時間に及ぶと血管凝集をきたすなど生体環境をどれだけ反映しているかはわかりません.その打開策として,胎仔を母体子宮内にとどめたまま in vivo で観察するシステムの開発に取り組みました.これは二光子顕微鏡を利用したもので,和氣弘明先生と野中茂紀先生のご協力を得て達成できました.課題だったのは,母体の拍動や呼吸による揺動が胎仔に伝わることによる視野のブレでした.これに対して,卵巣動脈上部の結紮,切断により子宮を外へ引きずり出せるように施し,母体から距離を作る工夫をしました.また,子宮内の胎仔は羊水に浮いているため固定が非常に困難だったのですが,鉄工会社を営む父の協力を得て,相談しながら固定器具を作製しました.試行錯誤を幾度となく繰り返した末に,子宮内で生育中の胎仔に対して脳に侵襲のない状態で約2時間程度の観察ができるようになりました.このシステムを利用し実際に皮質板内のミクログリアのライブ観察を行うと,スライス培養で認めたミクログリアの移動の特徴が確かに認められ,実際に生体内で起こっている現象であることを示すことができました.

ミクログリアの移動メカニズムの理解が得られた一方で,胎生15~16日目に皮質板から一過性に不在となる意義も明らかにしたいと考えました.そこで,皮質板内にミクログリアが過多となる状況を作り出す実験モデルを構築しました.例えば,脳スライスの髄膜周辺にCXCL12ビーズを置き誘引する方法,単離したミクログリアを皮質板内に直接移植する方法,子宮内電気穿孔法にて皮質板構成ニューロン特異的にCXCL12を発現させミクログリアを誘引するなどの方法です.様々なアプローチを通じて検討した結果,過剰なミクログリアが周辺のニューロンの成熟に影響を与え,ニューロンの性質決定に重要な役割を担う転写因子の発現を乱すことを見出しました.

さらに,ミクログリア由来のどの分子に起因するものなのかを調べる為,ミクログリアと共培養した皮質板構成ニューロンおよび単独培養ニューロンについてトランスクリプトーム解析を実施し,網羅的に遺伝子発現変動を調べました.その結果,1型インターフェロン(IFN-I)とインターロイキン6(IL-6)を候補分子として同定しました.そこで,これら分子に対する中和抗体を用いた阻害実験を通じて,ミクログリア由来のIFN-IとIL-6がニューロン成熟を乱す要因であることを見つけました.

本研究を通じて,ミクログリアが皮質板から一過性に不在となる分子メカニズムとその意義の理解を深めることができました.ミクログリアはニューロン成熟のステップを乱さないように,自身の居場所を調節して適切なタイミングで皮質板から離脱するしくみを備えているのではないかと考えられます1).

本研究は2015年に研究を開始してから,論文が最終的にアクセプトとなる2020年まで,約5年かかりました.途中,出産・育児休暇の取得で研究を中断した期間もあり,また査読に対する改訂作業においても苦労がありました.しかし,論文として世に発表することができ,大変嬉しく思います. 今後は,分野を横断した頃から取り組みたいと思っていた「母体炎症による胎仔脳発生への影響」について,これまでに捉えてきた生理条件下でミクログリアの挙動の情報を参考にしながら,追究していきたいと考えております.

  1. Hattori et al., Nat Commun., 11, 1631 (2020)

おわりに

このように研究を振り返ってみますと,沢山の方々にお力添えを頂いたと実感いたします.特に宮田先生には,私が狭い枠にとらわれず自由に模索できるようにとご配慮頂いた一方,論文執筆や実験遂行にあたっては懇切丁寧なご指導を賜りました.学会発表や共同研究など様々なことに挑戦する心構えも教えていただき,研究の進展に大きく繋がったと感じております.また,川口綾乃先生にも,多角的な視点からのアドバイス,また仕事と育児の両立についてもご助言を頂きました.研究室の技術職員,技術補佐員の方々による頼もしいサポートにも非常に助けられました.また,学会等でお会いした先生方には,研究に対するご助言や激励を頂きました.この場をお借りして,皆様に心より感謝申し上げます.

これからも,自身の視野を広げ様々な機会に積極的に挑戦し,皆様から頂く刺激や学びを大切にしながら,そして,現在恵まれた環境で不自由なく研究をさせて頂いていることに感謝の気持ちを忘れず,研究活動に邁進していきたいと考えております.まだまだ解剖学教室の教員としては未熟ですが,勉強と経験を重ねていき,解剖学の発展に貢献できるよう尽力していきたいと思う所存です.今後共,ご指導のほどよろしくお願い申し上げます.

(このページの公開日:2021年12月17日)

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