内分泌・代謝シグナル制御因子の可視化とその機能解析

京都府立医科大学 大学院医学研究科 解剖学教室 生体構造科学部門
(現所属: 大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻 獣医解剖学教室)
谷田 任司

出典:解剖学雑誌96巻pp.16~17 (2021)(許可を得て転載)

この度は,歴史ある日本解剖学会におきまして名誉ある奨励賞を賜り,身に余る光栄に存じます.審査員の先生方ならびに関係の諸先生方に心より御礼申し上げます.受賞対象の研究につきまして経歴や教室での生活を少し踏まえ,僭越ながらご紹介させて頂きます.

私は,2001年4月に神戸大学農学部 応用動物学科に入学し,形態機能学教室に研究配属され,赴任初年度の教授 星信彦 先生にご指導頂き解剖学・組織学の解析手法を習得しました.大学院在学中から私は化学メーカーに勤めておりましたが,学位取得のタイミングで,京都府立医科大学の河田光博 教授(現・名誉教授/佛教大学 教授)からの助教採用のお話を星 先生よりご紹介頂きました.希望通り就いた研究職を離れることに迷いもございましたが,一方でこのような機会は生涯に渡り二度と無いに違いありません.当時芽生え始めていた自分の分野を築きたいという想いを実現させるならやはり大学の研究者であろうと考え直し,2010年4月に着任させて頂きました.

当時河田研には松田賢一 准教授をはじめ,山田俊児 先生,大学院生の高浪景子 先生(現・国立遺伝学研究所)や橋本隆 先生(現・福井大学医学部)ら若い同世代の先生方が多く在籍し,若手同士でささやかな自慢や励まし,時には批判や自虐を交え議論しながら「伝説」と化した過去の先生方により教室に蓄積された技術と知識を惜しみなく活用して実験しておりました.河田先生はこのような非常に恵まれた環境を若輩者の私に与えて下さり,自由に研究をさせて下さいました.今回の受賞に至るきっかけは間違い無くこの研究環境であったと思っております.一方,好きな研究を存分に行った中で行き詰まり,芳しいデータが全く出なかった月のプログレス・レポートほど恐ろしい物はありませんでしたが,それを突き破るのも結局は自分の好奇心と熱意と執念であるということを学んだ気が致します.

河田教授御退任の後,2016年2月に田中雅樹 教授が赴任されました.田中先生は京都府立医科大学 旧・第二解剖学教室で学位を取得,助教授を務められた方で,広い視野で私の研究テーマにも多々ご助言下さり,また息子や娘が病気で入院した際は豊富な臨床医学の知識を交え,色々とお気遣いを下さいました.田中先生の指揮下で田口勝敏 先生をはじめ研究員や大学院生,留学生,学部学生など新たなメンバーも増え,現在はウイルスベクターや遺伝子改変動物などを用いた神経科学研究が精力的に展開されています.

赴任当時の教室は神経内分泌学とホルモン受容体の分子イメージングを専門としており,私はエストロゲン受容体(ER)αと高い相同性を持つものの内在性リガンドとは結合しない「エストロゲン関連受容体(ERR)」に着目しました.ERRは内分泌・代謝系の制御因子としての重要性に加え,様々な疾患・病態との連関が明らかとなってきており,ここ数年その認知度を急速に高めています.大袈裟かも知れませんが,このオーファン受容体の局在・動態研究による未知の生命現象の発掘と病態解明への貢献を目指して研究を開始致しました.特に,松田先生からは分子生物学的な実験技術をご指導頂くと共に,研究開始時や方向性に迷った際などに肩を押して下さり,その都度自信を取り戻して前に進むことが出来ました.ご紹介する研究内容は,①ERRγの脳における分布,②ERRβの細胞内動態とそのエストロゲンシグナルにおける役割,③新規乳酸応答分子LRPGC1によるERRγを介した乳酸代謝促進作用です.

まず始めに①ERRγの脳における分布についてご説明致します.ERRの中でもγ型は特に脳における発現量が多く,ERRγ KOマウスは脊髄や心臓の形成不全により致死となることから,神経系でも重要な役割を果たすと考えられます.そこで,詳細な分布をラット脳を用い免疫組織化学的に検索しました.ERRγは広い脳領域に分布し,視床網様核,橋核,傍孤束核などで高密度な局在を認めました.また,ERRγの脳内エストロゲンシグナルへの関与を考察する足掛かりとして,視索前野のAVPVやMPOといったERαを豊富に持つ領域を代表に用い,ERαとERRγのニューロンにおける共局在を見出し,定量解析を行いました[1].抗体の特性からパラフィン包埋切片を用いましたが,ラット脳の嗅球から延髄までをミクロトームで切り進め染色する作業には,学生時代にパラフィン包埋切片をひたすら切り続けた経験や,抗原性賦活化の条件検討を繰り返した経験が大変役立ちました.

続いて,②ERRβの細胞内動態とそのエストロゲンシグナルにおける役割をご紹介致します.ERαはエストロゲン依存性の転写因子であり,エストロゲンが結合すると核内で集合し無数の顆粒を形成し,転写を活性化します.一方,ERRは内在性ホルモンとは結合しませんので,リガンド依存性の局在・動態変化については一切が不明でした.私はこのことに興味を持ち,ERRをGFPカラーバリアントにより標識して生細胞イメージングを行いました.当時既に広く普及していたGFP イメージングですが,自分でcDNA のクローンを取り,初めて蛍光ラベルしたERRを生きた細胞内で観察した時はやはり感動しました.接眼レンズを通して局在を観察した後,共焦点レーザー顕微鏡ユニットによりScanすると,その解像度の高さと鮮明さ,美しさに驚かされました.色々な刺激を加え,自分で変異導入したタンパクの動きを経時的に観察する作業に没頭しました.

ERRはエストロゲンと結合しませんので,各サブタイプのERRを単独で発現させ,エストロゲンを添加しても勿論,分布様式は変化しませんでした.しかしながら,エストロゲン応答性臓器での発現様式を模してERαと共発現させると,ERRの中でもβ型のみ核内でERαと重なる顆粒状の分布を呈しましたので,ERRβはリガンドにより活性化したERαと相互作用することが示唆されました.オーファン受容体が間接的ながら内在性ホルモンに反応したという発見に気持ちが高ぶりました.この現象を基礎に解析を続け,ERRβはエストロゲンにより活性化したERα とN末ドメインを介して直接相互作用しERα の核内での可動性を低下させることが光褪色後蛍光回復(FRAP)法や蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)法により判明しました.最終的に,ERRβはERαを介した転写を抑制し,抗アポトーシス因子 BCL-2 の発現を低下させることで乳癌細胞株のエストロゲン依存的な増殖を抑制することを明らかにしました[2].レビューアーからは多くのコメントが付き追加実験に追われました.ちょうど2015年3月,初の実地開催となる第120回日本解剖学会・第92回日本生理学会合同大会の準備期間中で河田先生(会頭)や松田先生(事務局長)をはじめ教室員が皆大忙しの時期でしたが,先生方の御理解もあり実験にかなり専念することが出来ました.合同大会は大過無く進行し最後のサテライトミーティングで発表し疲れ切って帰宅した日の夜に,漸くアクセプトの連絡が来ました.恥かしながら河田先生御退任まであと1週間しかありませんでしたが,教授室の扉をこの手で叩き,何とかアクセプトを直接ご報告することが出来ました.

最後に,③ LRPGC1によるERRγを介した乳酸代謝促進作用をご紹介致します.オーファン受容体であるERRは,リガンド「非」依存的に転写を活性化します.転写活性化因子として広く知られるPGC1α cDNAをクローニングする過程で,たまたま新たなスプライシング・バリアントをラットにて同定しました.当分子はヒトやマウスのPGC1バリアントの未報告なラットホモログでした.蛍光標識して初めて生細胞で観察した際に,核にあって当然だろうという予想に反しくっきりと細胞質に局在しましたので「何か核移行させる刺激があるはずだ」と考え,核に局在するPGC1αは好気性代謝の活性化因子ですので,その逆の嫌気性刺激である乳酸を思い付きました.乳酸を添加しますと本当に劇的な核移行を示しましたので,私は非常に驚き,呑気に愛妻弁当を食べながら経時的に観察していましたが興奮のあまりその味が無くなってしまいました.私はすぐに松田先生にこのことをお伝えし,閑散とした夏休みのラボで興奮しておりました.当分子には「Lactic Acid-Responsive form of PGC1(LRPGC1)」と名付けました.生細胞イメージングを重ね,LRPGC1の局在は核外輸送シグナル(NES)に依存し,分子シャペロンHSC70を介したNESの不活性化がLRPGC1の核移行を制御することが判明しました.

LRPGC1は乳酸代謝において何らかの役割を果たすと予想し,体内の乳酸は大部分が肝臓で処理されますので肝腫瘍細胞株HepG2を用いて機能を解析しました.LRPGC1が既知のPGC1αと異なる特異的な機能を持つか否かも検証するため,HepG2細胞からPGC1遺伝子をノックアウト(KO)して表現型を確かめ,KO細胞にLRPGC1とPGC1α 別々に発現させたレスキュー実験を行いました.幸運にもこれらは功を奏し,FRET法を含めた一連の解析により,PGC1αとは異なり乳酸存在下でLRPGC1 はERRγと直接相互作用し,ミトコンドリア転写因子A(TFAM)の発現をプロモーター上の新規応答配列を介して誘導,ミトコンドリアが活性化され,最終的に乳酸代謝が促進されることを明らかにしました[3].

臓器不全,腫瘍,重症感染症等は乳酸アシドーシスを発症させる可能性があり,これは致死率の高い非常に危険な病態で新たな治療法が望まれます.乳酸アシドーシスモデルマウスに選択的ERRγアゴニストを投与しLRPGC1/ERRγシグナルを活性化させると生存率が有意に上昇し,肝臓のLrpgc1発現をノックダウンすると生存率は有意に低下しました.以上より,LRPGC1の肝組織における乳酸代謝促進作用と乳酸アシドーシス治療法開発への展開可能性が示されました[3].

まだまだ未解決な課題も多々残っておりますが,少し,近況と抱負にも触れさせて頂きます.本年4月に私は大阪府立大学 生命環境科学研究科 獣医解剖学教室に講師として着任致しました.京都での最終出勤日に先生方,教室員の皆様からプレゼントを頂きました.リボン付きの袋を開けてみますと何と,最新鋭ギルソン製ピペットが3本入っておりました(P20,P200,P1000).私は大いに感動し心の底から嬉しく思いましたが,これは「益々精進せよ」との激励に違いありません.今回賜りました賞を励みに,これらのピペットを使い,今後も内分泌・代謝シグナル制御因子を可視化し,新たな現象や機能を発掘し,解剖学の発展に微力とは存じますが寄与して参りたいと存じます.

末筆ではございますが,本研究を進めるに当たり,不器用な私を辛抱強くご指導下さいました河田光博 名誉教授,田中雅樹 教授,松田賢一 准教授ならびに共同研究者の先生方に,誌面をお借りし,心より御礼を申し上げます.また,日々私に世話を焼いて下さいました教室員の皆様にも深謝致します.日本解剖学会の先生方におかれましては,今後ともご指導ご鞭撻の程,何卒宜しくお願い申し上げます.

参考文献

  1. Tanida et al., Brain Res 2017; 1659: 71-80
  2. Tanida et al., J Biol Chem 2015; 290 (19): 12332-12345
  3. Tanida et al., FASEB J 2020; 34 (10): 13239-13256

(このページの公開日:2021年12月17日)

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