大脳皮質と関連皮質下領域が作るループ構造に関する機能形態学的研究

玉川大学 脳科学研究所 准教授
田中 康裕

出典:解剖学雑誌94巻pp.5~6 (2019)(許可を得て転載)

 この度は解剖学会奨励賞の栄誉にあずかり,大変嬉しく思います.選考してくださった先生方を始め,学会でも多くの先生方に声をかけていただき,大変感謝いたしております.

 エッセイ風の研究紹介という事で,論文などに書けない事柄を中心に書こうと思いますので,学術的に正確な内容については論文(Tanaka YR et al., 2011, J Neurosci, 31, 18223-18236; Masamizu Y et al., 2014, Nat Neurosci, 17, 987-994; Tanaka YH et al., 2018, Neuron, 100, 244-258e12)を参照していただけますと幸いです.

 2006年京都大学医学部医学科を卒業後,大学院へと進学し,高次脳形態学教室で金子武嗣先生の指導を受けることとなりました.金子先生が学部授業で真剣に,「心を生み出す原理を探しに行こうぜ」と呼びかけているのがずっと気になっており,6年生のある日,そろそろ大学院を決めなければならないという事もあり,話に行きました.私も浪人時代によく読んだ小説家である井上靖(足立文太郎先生の娘婿)が座ったという黄色いソファに座らされ,初夏の柔らかい光の中,目が合うと黒目だけ逸らす先生と対峙し,2時間くらい話したのを思い出します.私の提案した実験に対しては,難しいからやめとけとか何とか言いつつ,神経回路の形態学という実態から力学系という抽象的な構造まで見据えた考えを語ってくれたことは,今でも私の中に息づいています.

 先生は,脳の設計図を明らかにすることが現在の神経科学の最優先事項と考えていて,私もそれに共鳴して大学院での研究を始めました.当時の指導方針は1年放置というもので,1年間,とにかくラボにあるものを調べて好きにやってごらんというものでした.とにかく大脳皮質の神経回路を研究したいという思いが強く,ウイルスを用いた逆行性標識で,どこかに投射する神経細胞を染め上げたいと思い,当時,金子研で作り上げていた樹状突起移行シグナルを持つGFPをアデノウイルスに組みこみ,高効率で逆行性標識し樹状突起を選択的に染め上げるウイルスを開発しました.2007年の初春の頃,満足のいく最初の感染実験を実現して,線条体にウイルスを注入して1次運動野の神経細胞が数多く染色された写真を入院している妻に見せに行ったのをよく覚えています.それから1週間もたたない,寒く天気の良い日に長女が誕生し,この頃は今思い出しても,若く希望にあふれ,とてもいい時期だったと思います.

 やはり大脳皮質にとって本質的・普遍的な研究をしたいという事で,金子先生と相談して,大脳皮質から視床へ投射する神経細胞への興奮性入力を形態学的に解析するというテーマにたどり着きました.技術的には,皮質視床投射ニューロンを逆行性に標識した状態でスライスを作り,標識されたニューロンの周りの興奮性細胞を細胞内記録と同時にバイオサイチンで細胞内染色します.固定後,細胞内染色と皮質視床投射ニューロンの免疫染色を行う事で,皮質の様々な興奮性細胞の軸索と皮質視床投射ニューロンの樹状突起の接点(アポジション)を定数し,生理学的特徴も含め神経回路を考察するというものです.安心して定数するために,褪色しにくい明視野2重染色を実現しなければなりません.しかし,皮質視床投射ニューロンの樹状突起の密度は相当なもので,普通に免疫染色すると色素がつぶれて見る影もなくなってしまいます.そこは金子研に蓄積された免疫染色の技術を駆使して,何とか克服するプロトコルを確立できました.

 子供ができてからは,夜7時には一旦家に帰り,娘を寝かせてからまたラボに行き実験するという子育て生活でしたが,研究や実験にはできるだけの時間を割き,2009年の初めくらいまでには主な実験結果を得ることができました.しかし,数を並べて出すだけでは金子先生の研究の同轍実験になってしまうという事も強く感じ,何か新しいことができないか,と考え,3次元空間でのプロットを試みました.また,大学院入学当初から統計の勉強を始めていたのですが,そこで勉強したことも生かせないかと考え,ブトンの分布を3次元空間で統計的に把握する解析を行い,どうやら4層から皮質視床投射ニューロンへかなり限局した範囲で強い入力があるらしい事を明らかにしました.家族には次女が加わり,まだ9か月の彼女を連れて家族でサンディエゴに出かけSfNに参加したのは良い思い出です.

 転機は2011年の3月,中々論文が通らないで苦しんでいるときでした.形態学は面白いけれど,生きた動物での神経活動の挙動も見たいし,心につながる何かは理論的にしか示せないのではないかとも思い,研究の方向性を悩んでいるときでした.大学時代から一緒に勉強会をしてきた盟友の正水先生から,最近基礎生物学研究所で独立した松崎政紀教授のもと,一緒に研究をやらないかというお誘いでした.すぐに松崎先生に会って話を聞くと,2光子カルシウムイメージングを,運動課題中の動物で行うという魅力的な研究内容でした.形態学や解析ができる人を探していて,スライス電気生理をする人もいないとのことで,論文が通っていないにも関わらず,妻と一緒に雇ってくれるという,ありがたい条件を提示してくださいました.金子先生は私の将来についても考えていてくれたのですが,松崎研に行きたい旨を言い訳交じりに話すと,「やりたいことがあるんだろ」と,それ以上引き留めもせず送り出してくれました.

 松崎先生の研究室で2光子イメージングを始めて半年ほどたった2011年の12月ごろ,松崎先生に正水先生の研究を手伝ってほしいと言われました.当時は今ほど計算のソースも整っておらず,データ解析に手が回っていなかったのです.データはとても面白いものでした.当時まだ大脳皮質の5層は2光子イメージングにとっては未知の世界.しかし,カルシウム感受性の蛍光タンパク質であるGCaMP3を用いれば,運動学習中の個体で,しかも継続的に観察することができることが分かってきたのです.個人的には,動画の揺れ補正や補正後の動画から関心領域を自動抽出する,といった画像処理は,その半年で随分できるようになっていたので,お世話になった正水先生の研究という事もあり手伝う事にしました.また,このころ,デコーディングという技術に注目するようになりました.簡単に説明すると,神経活動記録と行動記録のペアを,時系列に沿って複数個に分割して,そのうちのいくつか(訓練データ)で神経活動と行動の関係を定式化します.それから,定式化に使わなかったいくつか(テストデータ)で,先に訓練データから求めた式に従い神経活動から行動記録を予測して,その予測性能が良ければ脳の情報を読み取ったと考えるのです.これは神経生理ではよく使われてきた神経表象の安定性の指標と考えることができて,運動学習によって,このデコーディング性能がどう変化するかを以て,神経回路の安定性を定量的に記述できると考えました.この手法で運動学習中の神経活動を調べると,2/3 層のニューロン群では運動学習を通してデコーディング性能が増減どちらもあるのに対し,5a 層では観察した全ての動物で性能が良くなるという結果を得ました.これは層特異的な運動学習の効果を見ているだろうと考察し,2014年6月に正水先生と共に同等貢献の筆頭著者として論文を発表しました.

 運動皮質の層特異的な学習のデータが大体出揃い,解析を進めていた2012年の夏頃,妻の田中康代が,視床からの軸索でイメージングができると言い出しました.元々彼女は視床軸索を題材としたスライス実験をすることになっていたのですが,2012年の初めごろ,課題中の動物で皮質の軸索がイメージングできるという研究が発表され,これは自分もやらなければならないと思ったようで,データを以て松崎先生を説得し,その方針で研究を進めることになりました.しかし,細胞体をイメージングするのと同じやり方では,画像が大きくゆがんでしまい,よほどうまく行った時しか解析に使えないという事が後で分かってきました.そこで,あまり脳が揺れないように手術を練習し,また運動課題そのものも頭があまり激しく揺れないよう改良しました.しかし,軸索のブトンは,とても小さく,いくら2光子の点像分布関数のせいで像は 2μm程度に伸びているとはいえ,少しの揺れでも輝度に影響が出てしまいます(我々の系ではおよそ 4μm以下の揺れが観測される).この状況にかなり苦しんでいたので,2014年に正水先生との論文が終わった段階からは,私も軸索イメージングの揺れ補正を考えるようになりました.色々と補正技術も工夫しましたが,結局最終的に良かったと思えるのは,神経活動を緑チャネルで計測するのに加え,揺れを計測するために赤チャネルを用いたことでした.緑には神経活動が乗っているために純粋な意味で揺れだけを補正するのには使えないし,「補正した」結果も揺れてないように見えるということが主張できるのみで,検証性もない.しか,神経活動に依存しない別の蛍光タンパク質を用いて赤チャネルで観察すれば,そのシグナルの変化は揺れ(少なくとも神経活動以外)を原因に持ちます.運動学習をさせたときに緑チャネルで観察されることが,赤チャネルで観察されなければ,それは神経活動によると強く主張できました.この論文では運動皮質視床軸索が分布する層によって由来が大脳基底核系と小脳系で違うという形態学的観察に端を発し,解析の面ではダイナミクスに特に着目しました.大脳基底核系の情報を運ぶ1層の軸索はレバーを引いて戻すまでの全体像を知っているかのような活動を見せ,3層の軸索は主にレバー引きの部分に特異的に活動する.行動との関連で見ると1層の軸索の活動はレバー引きのキネマティクスと関わり,3層の活動は課題の成功率との関係が深いという結果を得ました.最初の投稿は2015年でしたが,見て解析したというだけでは中々論文が通らず,神経回路の因果関係に迫る実験を足すことを決意し,2016年4月に東京大学医学部に移ってからは損傷実験や,光刺激実験などでデータを補強し,夫婦で筆頭著者を分け合う形で2018年10月にようやく出版することができました.

 これらの研究を達成できたのは,なによりも多大な資金を集め研究設備を整え,プレッシャーも大きい中で,我々の子育てにも理解を示しつつ指導された金子先生や松崎先生の存在が大きいと感じています.理解があると感じられるからこそ,子育てしていても自分で時間を見つけて実験や解析の時間を捻出し,結果を出し続けるモチベーションが保てるのだと思います.おかげをもちまして,妻は4月からハーバード大学へと留学を決め,長女は中学に入学し青春を謳歌し,次女も伸び伸びと育っています.2019年4月より,玉川大学脳科学研究所で准教授として研究室を主宰することとなり,形態学・生理学的実験と解析・理論を融合させた研究を展開していこうと系を立ち上げつつあります.このような大きな転機に学会の賞をいただき,身が引き締まる思いです.これまであまり学会に参加できておらず,また,生理学に寄った研究であったにも関わらず評価していただき,解剖学会の懐の深さを感じました.今後は解剖学会にもできるだけ顔を出し,多少なりとも貢献したいと考えておりますので,より一層のご指導ご鞭撻のほど,よろしくお願いいたします.

(このページの公開日:2020年10月1日)

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