超解像顕微鏡技術を用いたスパインシナプスの研究

東京大学大学院医学系研究科 神経細胞生物学教室
柏木有太郎

出典:解剖学雑誌95巻pp.25~26 (2020)(許可を得て転載)

この度は歴史ある日本解剖学会において栄誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方をはじめとする日本解剖学会の先生方に厚く御礼申し上げます.私の研究内容などについて,解剖学会誌上に執筆の機会をいただきましたので,僭越ながらこれまでの経緯を紹介させていただきます.

私は平成20年に明治大学農学部を卒業しました.当時,私は細胞骨格による細胞の形態制御機構に強い興味を抱いており,またヒトの脳機能を分子生物学・細胞生物学的観点から理解したいと考えておりました.脳神経科学を学ぶため,同年4月に東京大学大学院医学系研究科に修士課程学生として入学しました.入学後の数ヶ月は連日基礎医学の授業を受けるのですが,そこで岡部繁男教授の研究内容を拝聴し,その美しくかつ緻密な顕微鏡測定技術に大変感銘を受けました.シナプス分子をイメージングすることで脳機能に迫る,それは私にとって非常に魅力的な研究でした.当時,神経細胞生物学教室は東京医科歯科大学から東京大学に移動したばかりで,まだ人数も少なく若い研究室でした.岡部教授は,研究が何かもよく分かっていない私を心よく受け入れて下さり,私は東京大学での初めての大学院生として神経細胞生物学教室で研究を始めることになりました.

大学院での研究テーマはシナプス後部機能制御における細胞骨格結合タンパク質の機能解析です1,2.主に海馬の分散培養を用いて分子局在の解析や,分子の発現を制御した際に起こる細胞の形態変化を検証する実験を行いました.修士課程では基礎的な実験技術を当教室の西井清雅先生(現防衛医科大学校 解剖学講座 准教授)にご指導いただき,また廣川研究室の金井克光先生(現和歌山県立医科大学 解剖学第1講座 教授)に抗体の作成についてご教示頂きながら研究を進めました.また博士課程在学中には,主な研究テーマと並行し,先輩が行っていたDCLK(Doublecortin-like kinase)の機能解析を引き継いで行いました.この投稿論文のrevise にあたって岩崎広英先生(現群馬大学 解剖学講座 教授)に大変お世話になりました.平成26年に,細胞骨格相互結合タンパク質ACF7 の機能解析という内容で博士号を取得致しました.

学位取得後,超解像顕微鏡を用いたスパインの形態解析の研究を始めました.スパインは錐体細胞の樹状突起から突き出した 1 μm 程度の小さな突起構造であり,その上に興奮性シナプスが作られます.構造化照明顕微鏡(超解像顕微鏡の一つ)の撮影を最適化することで,三次元的に高い分解能でスパインを捉えられるようになりました(図 1A).従来の光学顕微鏡では丸い突起物のようにしか見えなかったスパインが,表面に複雑な凹凸をもった構造であることがよく分かります.次に,構造化照明顕微鏡で得られた画像を元にスパインを立体再構築し,その形状を定量的に測定する手法の開発に取り組みました.構造化照明顕微鏡を用いた手法により立体再構築されたスパインは,電子顕微鏡法で立体再構築したものとよく一致していました.構造化照明顕微鏡を用いた手法はスループットが高く,一週間程度で1,000個以上ものスパインを解析することができます.大容量のスパイン形状データに機械学習の手法を応用することで,客観的にスパインを分類する方法が確立できました.

超解像顕微鏡の最も大きな利点は,生きたスパインをナノメートルもの分解能で観察出来ることです.構造化照明顕微鏡で生きたスパインを経時的に観察すると,微細な形態がダイナミックに変化する様子が捉えられます(図 1B).次に,前述した形態解析手法を用いて,微細な形態とスパインの安定性との関わりを調べました.すると,スパイン頭部にあるナノスケールの凹みの維持がスパインの安定性と関わりがあることが示唆されました.実際,頭部に凹みがある小さなマッシュルーム状のスパインに実験的にシナプス可塑性を誘導すると,スパインの頭部増大が起こり,さらに増大した凹みが一時間以上に渡って維持されました.スパイン頭部の凹みはシナプスの接着部位に対応しており,可塑性誘導後の長期的な凹みの維持は主要なシナプス接着分子を急性に阻害することで抑制されました.これらのことから,接着分子を介したシナプス前部-後部の相互作用がシナプスの長期安定化に必要だと考えられました.

これらの結果をまとめて論文を投稿しましたが,当初は価値を理解してもらうのに苦労しました.査読者から“これは培養細胞の実験であり,脳組織中のスパインの超解像顕微鏡による観察が必要である”というコメントが返ってきたのです.脳組織中のスパインをナノメートル精度で観察するという実験は,光の屈折・散乱が組織内で起こるため,原理的に非常に困難です.何度観察しても,培養細胞で見えていたような複雑なスパインの形が組織中では捉えられないことが続き,心が折れそうになりました.そんな時,岡部教授の“過去に電子顕微鏡で複雑な形態が見えているのだから,光学顕微鏡でも工夫すれば必ずそれは見える”という力強い言葉に何度も助けられました.これを信じ,組織の屈折率調整手法を検討することで,脳組織中のスパインを高解像度で撮影してなんとか論文を通すことが出来ました3.仮説を信じて諦めずに実験すること,これが研究において大事なのだと改めて学びました.

図1.構造化照明顕微鏡で撮影した海馬分散培養の樹状突起スパイン.スケールバー = 1 μm(A).生きたスパインの10分毎のタイムラプス観察,スパイン表面形状のメッシュ化(B).シナプス接着面に当たるスパイン頭部の凹みが明確に観察され,それが動く様子も見える(参考文献3より転載).

現在は,超解像顕微鏡手法の組織学への応用をさらに進めています.標本作成を改良することで,これまでよりもさらに高い分解能でスパインを観察し,その複雑な表面形状を鮮明に捉えることが出来るようになりつつあります.また最近では,カバーガラスの代替となる新たな素材を用いた超解像イメージングにも取り組んでいます.このような新しい手法の開発は,組織学・解剖学の発展への手助けになるのではないかと考え,基礎研究に邁進している次第です.超解像顕微鏡の分解能は電子顕微鏡に比べるとやや劣りますが,大きな組織を一度に撮像することが可能であり,また分子のイメージングが容易であるといった利点があります.今後は超解像顕微鏡技術を軸にして,記憶・学習に伴うシナプス形態の変化とその機能的な役割に迫っていきたいと考えております.

大学の教員となり,大学院生また医学部生に実験を教えることが多くなりました.今まで自分が先生方にご指導頂いたことを後進に伝えられるよう,日々励んでいます.昨年から研修医として勤め始めた張琢成さんとは,4年間ほど一緒に研究を行いました.彼は,神経細胞が傷害された後に起こるシナプスの可塑的変化に興味を持って研究に取り組みました.彼は軸索障害後におこるシナプスの変化を観察するために,培養皿上で単一の神経細胞に投射する全ての軸索を物理的に切断するユニークな系を考えました.顕微鏡下で細い針を動かし,標的細胞を傷つけないように周りに在る軸索を切断するのが如何に困難であるかはご想像頂けるかと存じます.この操作によって軸索消失を誘導し,その後にシナプス前部マーカーとシナプス後部マーカーが消えゆく過程を経時観察した研究は地味で大変なものでした.その苦労が実り,彼の論文は卒業後まもない2019年の7月に米国神経科学会のオンライン誌に発表されました.最後の春休みに実験を優先する姿を見ていた私としては,この論文が受理された時は本当に嬉しかったです.また,私が直接見ていた学生さんでは有りませんが,同じ年に岩崎奏子さんの論文が欧州の神経科学会誌に発表されました.これらの学部学生の研究につきましては,解剖学会全国学術集会の学生セッションが,諸先生方から貴重なご意見を頂けるまたとない発表の機会となっておりました.コロナ禍で多人数が集まっての研究集会が難しい情勢ではありますが,また学会会場で盛んなディスカッションが出来る日を心待ちにしております.

最後になりますが,岡部教授を初めとした神経細胞生物学教室の皆様,またこれまでお世話になった先生方へ改めて厚く御礼申し上げます.今後も基礎研究に励み,微力ではございますが解剖学会の発展に貢献して行きたいと考えております.解剖学会の諸先生方におかれましては,今後ともご指導ご鞭撻のほど,どうぞよろしくお願い申し上げます.

参考文献

  1. Kawabata et al. Nat. Commun. Article number: 722 (2012)
  2. Shin et al. Nat. Commun. Article number: 1440 (2013)
  3. Kashiwagi et al. Nat. Commun. Article number: 1285 (2019)
  4. Chou et al. eNeuro, ENEURO.0459-18 (2019)
  5. Iwasaki et al. Eur J Neurosci. 51: 806–821 (2019)

(このページの公開日:2020年11月16日)

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