シナプスの空間的・時間的結合選択性の理解を目指して

大阪大学大学院 歯学研究科 系統・神経解剖学講座(旧・口腔解剖学第二教室)
孫  在隣

出典:解剖学雑誌99巻p.37 (2024)(許可を得て転載)

この度は歴史ある解剖学会奨励賞を拝受いたしまして,心より光栄に存じます.これまで解剖学会を築き上げ,その発展に多大なる貢献をされた学会関係者のみなさま,選考委員の先生方,私をこれまでご指導くださった多くの先生方に,この場をお借りして御礼申し上げます.受賞者講演でもお話させていただき,重複する内容ではありますが,私の研究者人生について振り返らせていただきます.

私が大学に入学したときは,医学部を卒業して医者になる以外の道があるということすら知らない学生でした.入学後いくつかの単位を取りこぼした学部3回生の秋からようやく真面目に授業を受けようとした矢先に,金子武嗣先生(京都大・医・高次脳形態学 教授:当時)の神経科学の講義で衝撃を受けました.「脳がどのようにして『心』を生み出しているのか,その理論を知りたい」という夢を語っておられたのが強く印象に残っています.講義の内容も,明らかに教科書レベルを超越しており,数学的理論を用いて,自由な,一方で最新の神経回路研究に根ざした内容でした.現在になっても,大学の講義とはこのようなものであるべきという私の理想・目標になっています.

講義後に金子先生を訪ねると,早速研究室を案内され,当然のように翌日から実験をするようにという流れになりました.まだ心の準備も整わない状態でしたが,その後学部生時代にご指導いただいた藤山文乃先生(現 北海道大・医・教授)が暖かく受け入れてくださり,単一細胞標識による線条体ニューロン形態の完全再構築を行うことになりました.特に動物へのウイルス注入を一任していただき,研究の右も左もわからない丸腰からのスタートでしたが,藤山先生や大学院生,学部の先輩方からも手厚くご指導をいただくことができました.一方で,実験とは金子先生の講義から私が思い描いていたようなエレガントなものだけではないということも思い知ることになりました.単一細胞のみが標識されるまでひたすら注入を繰り返して,10回に1回成功すれば御の字,という忍耐力こそ,研究者に求められる最低限の資質なのだということも,学部生時代に知ることができたのは大きな財産になっています.

大学院時代は同教室の日置寛之先生(現 順天堂大・医・教授)に師事し,本格的に神経解剖学者としてのマインド,形態学的研究や遺伝子工学技術,果ては書類や論文執筆まで,現在の私の基礎となっている多岐にわたることを叩き込んでいただきました.大学院を通じて,GABA 作動性ニューロンへのシナプス入力を具に観察し,「空間的シナプス結合の選択性」を定量的に評価することができました.また,日置先生含め,学部の先輩である先生方も多く金子研から基礎研究の道に進まれており,ロールモデルとなる多様な先輩方との出会いも自分の人生にとっても大きな存在となっています.

空間的シナプス結合の選択性については,生理学研究所・大脳神経回路論研究部門の川口泰雄先生(現 玉川大・脳研・研究員)・窪田芳之先生(現 生理研・電顕室・准教授)がまさしくその先駆的研究を数多くされていました.学位取得後は川口研で,両先生のご指導のもと,学習中に起こるシナプスの可塑的変化は神経回路によって異なる時系列をたどることを見出しました.この結果により,シナプスは,空間的分布のみならず,時間的変化においても神経回路特有の結合選択性を持つことが示唆されました.これは生体2光子顕微鏡画像撮影による樹状突起の観察を基本とする実験であったのですが,その最初の成功例を得るのに1年の訓練を必要としました.特に頭蓋骨の一部をガラスで置換する頭蓋窓を両側に作製する手術が非常に繊細なものであり,決して器用ではない私では,10回に1回も成功しないような確率の実験でした.なかなか結果を出せない状況にも,川口先生,窪田先生は辛抱強く待ってくださったことに,深く感謝しております.また,金子研で育まれた「実験は失敗するもの」という諦めにも似た忍耐力が,ここでも生きたと思っております.

現在,大阪大学歯学部に赴任し,京都大学時代にもお世話になった古田貴寛先生の主催される教室で,肉眼解剖学の教育について研鑽を積む機会を与えていただくと同時に,10回に1回程度の成功率である実験に取り組んで形態学に根ざした神経回路研究を行うことができています.いつの日か「心」を生むメカニズムを知る日が来ることを期待しつつ,今後も「機能的神経回路図」の描写を目指していきたい所存です.

(このページの公開日:2024年11月21日)

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